shaitan's blog

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東大2015年前期理系問題2

問題略

文字を書いている途中で文字列の長さがk\,(k < n)となる確率をp_kとする。
k\geq0のとき、文字列の長さがk+1とならないのは、文字列の長さがkとなり、その次にAAと書く場合のみであるから1-p_{k+1}=\dfrac12p_kである。
p_0=1と合わせてこの漸化式を解くと p_k=\dfrac23+\dfrac13\left(-\dfrac12\right)^k
ここでp_{-1}=0であるから、これはk\geq-1で成立する。

(1)
左からn番目がAにならないのは、文字列の長さがn-1となり、その次にAA以外が書かれる場合のみであるから、求める確率は1-p_{n-1}\cdot\dfrac12=p_n=\dfrac23+\dfrac13\left(-\dfrac12\right)^n

(2)
左からn-1番目がAでn番目がBとなるのは、文字列の長さがn-3となり、その次にAA、Bの順に書かれる場合のみであるから、求める確率はp_{n-3}\cdot\dfrac12\cdot\dfrac16=\dfrac1{18}-\dfrac29\left(-\dfrac12\right)^n



文系問題4が類題であり、微妙に設定を変えてあるが問題としてはほぼ同じ。なぜ共通問題にしなかったのかは謎。

ドイツ語入門(母音と子音の読み方)

長母音

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②) - shaitan's blogで書いた長母音化で説明できないパターンとしてTag [taːk]があるが、〈Tag(< tac)が閉音節にもかかわらず長音[aː]になっているのは、Ta-ge(< ta-ge)からの類推による〉*1 らしい。gut [ɡuːt]の長母音は新高ドイツ語単母音化 uo>u [uː]によるものである。*2

ie [iː] は新高ドイツ語単母音化 ie>ie [iː]でスペルがそのまま残ったため、eが長音の印と再解釈された。*3 新高ドイツ語単母音化は上述のuoに加え、üe [üː] > ü [üː] もあるのだが、スペルが保存されているのはieだけである。長母音化で音が合流した結果、どちらかの表記だけが生き残った、ということだろうか?

二重母音

二重母音で特殊な読み方をするものにei [ai]とeu/äu [oi] がある。
これは低舌母音化ei [ei], öu [öu] > ei [ai], äu [oi]起源のものと、二重母音化 î [iː], iu [üː] > ei [ai], eu/äu [oi]起源のものがある。*4
ところで、このblogでは通時的変化等を書く際に過去の綴字が固定されているかのように書いているが、実際はそうではない。例えば[oi]という音は〈初期新高ドイツ語の表記ではew, euw, äu, öe, eü, euw, äw, öw, öuwなどの異種が存在したが、1700年頃には現在のドイツ語のように、ほぼeu, äuに限定された。[…]このような表記異種の限定は、テキストジャンルに関係なく、印刷物の表記方法全般にわたって見られる現象であることから、これらの変化は印刷所、活字師、校正師らによって担われたプロセスであると考えられる。〉*5

子音

-b, -d, -g

語末・音節末のb, d, gはそれぞれ[p], [t], [k]と読む。
〈語末音硬化とは、ドイツ語やオランダ語で見られる語末・音節末における[…]有声阻害音(閉鎖音・摩擦音)の無声化の現象をいう[…]ドイツ語史においては、古高ドイツ語から中高ドイツ語にかけて、[…]語末および[…]音節末において b, d, g, v の無声化が生じた〉*6。〈ドイツ語では表記上の区別はない[…]音節境界が変わって音節初頭音に現れると、有声音に戻る。[…]ただし、ドイツ語では音節境界と形態素境界が一致しないときには、無声化しない。作曲家のWagner[…]は、Wagen「車」+ -er「~人」、つまり、「車大工」の意味から転じたので、音節境界Wag-nerと形態素境界Wagn-erが一致しないためである。これは、形態論が関係する音韻規則の一例である。〉*7

-ig

〈語末-igは[iç]〉*8。これはよく分からなかった。

ng

〈ngは英語のように[ŋ]〉*9 であるが、この音素の成立は初期新高ドイツ語になってからである。*10

ch

〈chは先行音に同化し、中舌・後舌母音a, u, auの後で上あごの奥の軟口蓋を強く摩擦する[ハ x]、それ以外は前寄りの硬口蓋摩擦音[ヒ ç]が原則である。[…] ch [ハ x] は、おもにkに由来する。ch [ヒ ç] は後代の発達で〉*11 ある。後舌母音であるoが書かれていない(同書S. 194には〈ch[ハ x](a, o, u, auの直後で)〉とある)が、脱字であろう。
また、〈chのあとにsがつくと、前の字が何であろうと[ks]となります。〉*12

qu

quは[kv]である。初期新高ドイツ語では〈語頭のtw-は、上部ドイツ語圏を中心としたz[ts]と、東中部ドイツ語圏を中心としたkもしくはq[k]に変化した。その際、w[w]も[v]の音に変わった。〉*13

s, sch, sp, st

〈sのあとに母音がくる時は[z]〉*14であるが、これは〈中高ドイツ語のsは、母音の前の語頭で、さらに語中の母音間あるいはl, r, m,n と母音の間で、[…]有声の[z]になった〉*15 ことの帰結であろう。
さらに、〈中高ドイツ語のsは、子音の前の語頭において、本来の歯擦音的傾向を強め[ʃ]音に変化し、16世紀以降、広くschと表記されるようになった。[…]しかし、pとtの前では、[…]schの表記は定着しなかった。〉*16 schは[ʃ]であり、sp, st で始まる場合はそれぞれ[ʃp], [ʃt]音を表す。

v, w

〈vとfの文字はたいてい無声音の[フ f]を表す。これは[ヴ v]に発達したwとの住み分けの結果、vが無声音[フ f]として定着したことによる。〉*17

*1:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 344.

*2:Ebenda., S. 344.

*3:Ebenda., S. 375.

*4:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 165.

*5:Ebenda., S. 229.

*6:荻野ほか a. a. O., S. 47

*7:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 187.

*8:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 20.

*9:Ebenda., S.21

*10:荻野ほか a. a. O., S. 280

*11:清水 a. a. O., S. 186.

*12:滝田 a. a. O., S. 22.

*13:須澤ほか a. a. O., S. 171.

*14:滝田 a. a. O., S. 23.

*15:須澤ほか a. a. O., S. 170.

*16:Ebenda, S. 170f.

*17:清水 a. a. O., S. 191

ドイツ語入門(語句の大文字書き)

『本気で学ぶドイツ語』では〈ドイツ語の発音の3原則〉についての説明の中、〈名詞は文中でも大文字で書きます。〉という一文が唐突に出てくる*1 のでちょっと面白い。「語頭を」と明示的に書いていないのはやや不親切な気もする。
〈ドイツ語は一部の北フリジア語方言とルクセンブルク*2とともに、名詞の頭文字を大文字書きする特異な正書法を採用している。J. グリムが、18世紀に確立したこの習慣を不合理として、『ドイツ語辞典』で破棄した事実は有名だが、21世紀初頭の正書法改革は、かえって助長した観がある。〉*3 〈「新正書法」では、…[略]…名詞かどうかの判断基準を…[略]…形式的なものに改めたため、全体として、今までよりずっと多くの名詞化形を大文字書きするようになる。〉*4正書法における語句の大文字書き規則は 2 Anwendung von Groß- oder Kleinschreibung bei bestimmten Wörtern und Wortgruppen の通り。
〈名詞頭文字の大文字書きは、1500年頃から始まり、1700年代の中頃に定着したと思われるが、それは「固有名詞>神聖な名称(HERR, Gott)>人を表す普通名詞>具体名詞>抽象名詞」の順で広まっていった。…[略]…名詞の大文字書きは、…[略]…名詞を「主要品詞」(Hauptwort)として明示する役割の他に、名詞枠を閉じる要素である名詞を視覚的に協調する働きもあったと思われる。〉*5 また、〈ゴシック文字は…[略]…ラテン文字アンティクヴァと比べると文字の見分けが困難なため、名詞が大文字で書かれたということが考えられる。〉*6という説もある。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15f.

*2:ドイツ語方言ではなく「ルクセンブルク語」がある、というのは多分に政治的な問題らしい(田中 克彦『ことばと国家』岩波新書 1981)。これ以外のドイツ国外で使用されている標準ドイツ語に近いことばについても調べると面白そうである。

*3:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 179.

*4:在間進編『ドイツ語「新正書法」ガイドブック』三修社 1997, S.17.

*5:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 374f.

*6:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 230.

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②)

前回示した『本気で学ぶドイツ語』の〈ドイツ語の発音の3原則〉*1 の3番目、母音の長短と表記の関係について見ていきたい。

アリストテレスによれば、〈字にされて書き綴られるものは、発声されて言葉となっているものを…[略]…しきたりに従ってぴったりとあらわすものなのである。〉*2 とのことだが、正書法規則はこの「しきたり」を引き継ぎつつ、変更を加えたものだといえよう。
正書法規則でも言及されているように、強勢のある語幹母音(外来語の場合、強勢のある語尾も同様)は異なる2子音が後続する場合は原則として(in der Regel)短母音であり、子音が後続しない場合は原則として長母音である*3 らしい。これは長母音化(Dehnung)と短母音化(Kürzung)が原因だろうか。ドイツ語の場合、長母音化はr+歯音の前、強勢のある開音節、鳴音で終わる単音節語で観察され、短母音化は閉音節、複数子音ならびにƷで終わる単音節語といった場合がある*4 とのことなので、おおよそはこれで説明できそうに思われる。
このようなドイツ語の規則がある関係で、正書法規則としては母音の長短は子音が1つだけ後続する場合について細かく書かれている。
§2は「強勢のある語幹の短母音に子音が1つだけ後続する場合、子音文字を重ねて短母音であることを表示する」である。これは長子音化と(直接ではないだろうが)関係ありそうな気がするがどうだろう。〈長子音化は、短子音が長子音…[略]…に変化する現象をいい、…[略]…ドイツ語において…[略]…短・長母音の後でそれぞれ長・短子音が現れる。〉*5
ところで、この規則については複数の文字を組み合わせて表す子音([ç], [x] < ch >; [ŋ] < ng >; [ʃ] < sch > )*6の場合はどうするのかよく分からない。< ch > については先行する母音は長い場合も短い場合もあり、語によって決まっている*7 らしいが、< ng >や< sch >についても、『本気』には「ドイツ語の発音の3原則」の例外とは書かれていなかったので bringen や Tasche のように短母音でも文字を重ねないと考えて良いのだろうか。
§3は§2の例外で「k, zは重ねる代わりにck, tzと書く」である(外来語は例外)。§2,3による子音字の重複は派生などによって強勢位置が変化しても「普通は(üblicherweise)」変わらない。これは正書法において綴りと意味を対応させるためであろう。*8
また、長母音を表示する方法としてhを後置するというものがあり、§6「短母音が後続する、もしくは変化語尾により短母音が後続することがある場合」や§8「鼻音や流音が後続する多くの場合」それぞれ長母音を表す文字にhを後置する。なお、hが長音記号として使用されるのは、〈hの前の強勢のある開音節…[略]…で長音化(Dehnung)が生じ、かつhは無音となったが、スペルではそのまま残されたので、hは長音の印と再解釈された〉*9 のが理由である。
他にも規則はあるのだが、例外の起こりやすいケースを列挙しているといった感じのものが多い。例外は外来語や単音節語などによく見られるようだ。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:アリストテレス「命題論」水野有庸訳『アリストテレス 世界古典文学全集 第16巻』筑摩書房 1966, S. 208. (16a)

*3:Deutsche Rechtschreibung, 1.2 Besondere Kennzeichnung der kurzen Vokale

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 45.

*5:Ebenda., S. 45.

*6:Deutsche Rechtschreibung, 2 Konsonanten

*7:滝田 a. a. O., S. 21.

*8:Deutsche Rechtschreibung, 2.2 Die Beziehung zwischen Schreibung und Bedeutung

*9:荻野ほか a. a. O., S. 375.

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則①)

ドイツ語のお勉強は『本気で学ぶドイツ語』に沿って進めていこうかと思う。それによると、いずれの原則にも若干の例外はあるとしながらも、〈ドイツ語の発音の3原則〉として以下の3項目が挙げてある。*1

  1. ローマ字読み
  2. アクセントは第1音節(例外:外来語、アクセントのない前つづりのついている語など)
  3. アクセントのある母音のあとに子音が1つしかなければ長母音、それ以外は短母音(例外:chの前の母音など)

〈英語は…[略]…発音と正書法が極度に一致せず、アクセントの位置も、規則は存在するが、複雑で例外が多く、予測しがたい。…[略]…個々の語が独自のつづりを示すので、漢字に似て、単語の数ほど文字があるようなわずらわしさがつきまとう。〉*2 しかし、ドイツ語ではそのようなことはないらしい。*3

語頭アクセント

ゲルマン祖語において紀元前500年頃、「自由高低アクセント」(musikalischer Akzent)の「強さアクセント」(dynamischer Akzent)への移行とそれに伴うアクセントの語頭音節への固定化が起こった。*4〈この第一音節へのアクセント固定化は、Ántwort(答)> ántworten(答える)や Úrteil(判断)> úrtelisen(判断する)などのように接頭辞を添加した複合名詞およびそれからの派生語でも見られる。このことは、ゲルマン語のアクセント固定化が生じたときには、これらの複合名詞における接頭辞と基礎名詞がすでに強固に結びついていたことを示している。これに対して、erkénnen(認識する)> Erkénntnis(認識)やentstéhen(発生する)> Entstéhung(発生)のように、接頭辞を伴った複合動詞およびそれからの派生語では、アクセントは第一音節の接頭辞にはない。〉*5
〈アクセントの位置は、ゲルマン語・古高ドイツ語では、a)名詞では第一音節(ahd.bot (Gebot))、b)動詞では語幹(ahd. begán (begehen))が原則であった。しかしその後、規則の組み換えが生じ、現代ドイツ語では次のようになっている: a)接頭辞が完全母音を含む場合は、名詞・動詞とも第一音節(Úrlaub, áufstehen)、b)不完全母音の場合は語幹(Begríff, verstéhen)である。〉*6
まるまる引用したものの、完全/不完全母音の意味はよく分かっていない。full/reduced vowelってこと?

母音の長短

アメリカ英語では、長さのみによる母音の区別は事実上ないに等しい。短母音に分類されている母音もそれぞれで長さに違いがあり、殊に/æ/は長い。また、英語の母音に共通する特徴として、無声子音が後続する場合には、有声子音が後続する場合や語末の場合よりも長さが短くなる (pre-fortis) clipping(定訳なし)という現象がある。このため、有声子音の前の短母音は無声子音の前の長母音と同じくらいの長さかむしろ長めにさえなる。また、母音の長さはアクセントの程度によってさらに大きく変動する。〉*7
これに対し、〈ドイツ語の母音の長短は英語の場合よりも日本語の母音の長短(すなわち1拍と2拍)に似ていると考えられ、…[略]…日本人としては、[ː]の付いたドイツ語の長い母音は2拍のつもりで、短い母音は一拍[ママ]のつもりで発音することができ〉*8 るとのこと。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 140.

*3:〈Die [regelgeleitete] Zuordnung von Lauten und Buchstaben soll es ermöglichen, jedes geschriebene Wort zu lesen und jedes gehörte Wort zu schreiben.〉(Deutsche Rechtschreibung, Vorwort 2 Grundlagen der deutschen Rechtschreibung

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 184.

*5:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 33.

*6:荻野ほか a. a. O., S. 426.

*7:牧野武彦『日本人のための英語音声学レッスン』大修館書店 2005, S. 37f.

*8:神山孝夫『日欧比較音声学入門』鳳書房 1995, S. 240.

ドイツ語入門(アルファベット②)

Umlaut

手元の学習書には〈a, o, uの3文字の上にローマ字にはない「点が2つ」ついた場合、Umlaut(変母音)といいます。「a-Umlaut」は「aの上に点が2つつく」ことを意味します。このUmlautがついていると、a, o, uとは全く違う音価になるので注意してください〉*1とある。ウムラウトという言葉は、この記述のように特定の母音やダイアクリティカルマーク*2を指して使われたりもするが、〈ウムラウトとは本来、ä, ü, öの特殊文字ではなく、音韻変化のプロセスをさす。〉*3しかも、〈変母音化には「i-ウムラウト」(i-Umlaut)、「a-ウムラウト」(a-Umlaut)、「u-ウムラウト」(u-Umulat)の区別がある〉*4というのだから紛らわしい。これらのうち、文字ä, ü, öに直接関係するのはi-ウムラウトと呼ばれる音韻変化である。
i-ウムラウトは次の音節のiやjの影響で先行する語幹音節の母音がi音に近づく現象であり、ドイツ語に限らず、ゴート語を除く*5すべてのゲルマン語に見られる。ドイツ語においては、8世紀半ばに短母音a>eの変音の表記が現れる(第一次ウムラウト)が、他の母音のウムラウトが文字として表されるようになる(第二次ウムラウト)のは11世紀である。初期ドイツ語では、それぞれの母音の音素が次音節のi, jの有無により、変母音-非変母音の選択可能な二つの異音を持つことができたのに対して、中世のドイツ語では、次音節i-音の弱化もしくは消失により、ひとつの音素が対立関係にある二つの異音を持ち合わせることが困難になったことで、異音の対立関係は異音から独立した音素としてあらわされるようになった。*6
以上のように、変母音は本来は音韻的な現象であるが、次音節にiやjがない語幹においても変母音が広まった。これは変母音が形態素化(音韻上の現象が形態規則に組み込まれること)された結果、名詞の「複数」を表示する機能を獲得したためである。*7これを「類推的ウムラウト」という。現代ドイツ語でウムラウトは、名詞の複数表示以外にも様々な文法機能を表示する形態的指標となっている(動詞の接続法、形容詞の比較、造語など)。*8

Eszett

〈文字ßは、歴史的にsとzがくっついてできた字なので名称(呼び名)は[ɛs tsɛt]といいますが、音価はssと同じ[s]で、辞書を引く時もssの場所に載っています。…[略]…また、ßは小文字しかないので、大文字で書く場合もssで代用します。〉*9
SSに加え、大文字ẞ (U+1E9E)の使用もできるように正書法が改訂されている。*10

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:この二つの点はもともとeを小さく書いていたものが起源、というのをどこかで読んだ気がする。

*3:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 68f.

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 35.

*5:〈ゴート語にはウムラウトがほとんど見られない。通説では、ウムラウトが起こる以前に話者が故地を離れたためとされている。〉(清水 a. a. O., S. 74.)

*6:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 69ff.

*7:荻野ほか a. a. O., S. 81.

*8:Ebenda., S. 422.

*9:滝田 a. a. O., S. 15.

*10:Aktualisierte Fassung des amtlichen Regelwerks entsprechend den Empfehlungen des Rats für deutsche Rechtschreibung 2016, § 25 E3. https://grammis.ids-mannheim.de/rechtschreibung/6180#par25E3

ドイツ語入門(アルファベット①)

『詳説世界史研究』を読むにあたり資料として „Putzger Historischer Weltatlas Erweiterte Ausgabe 104. Aufl.“ を入手した。地図なのでドイツ語がダメでもなんとなくは分かるのだが、せっかくなので少しかじってみる。

英語とドイツ語は似ているらしい。OEDの編纂者として知られる H. ブラッドリも〈英国人がドイツ語を習い始めると、誰でも、ドイツ語が母国語にあまり似ているのにまず驚くに違いない。〉*1と言っている。私は英国人ではないが英語を学んだり使ったりしてるのだから、それを利用してドイツ語に入門したい。まずは共通するアルファベットから。*2
ただし、ラテンアルファベットが入ってきたのはこれらの言語が分かれた後のことであり、似ているとしても両者がともに西ゲルマン語群に属するからという訳ではない。*3

ラテンアルファベットの名称は音価によるものである。母音(A, E, I, O, U)は音価がそのまま名称になっている。継続音(F, L, M, N, R, S)はeが先行し、破裂音(B, C, D, G, P, T)はeが後続する。〈継続音を発音する際には発声器官は完全には閉鎖されず、気息が漏れ、従って、子音が聞かれる前に母音が無意識的に作られる。…[略]…破裂音の場合には閉鎖は完全であり、そして解放が行われる時、意識的な努力なくして母音が作られる。…[略]…この場合、最も容易な母音は中性的なeである。〉*4 〈なお、一連の軟口蓋破裂音記号C, K, Qは、南エトルリア語では前7世紀あるいはその後まで、用法に一定の相違があった。この相違は、むしろCE, KA, QU…[略]…のように、後続母音によるものであった。…[略]…ラテン・アルファベットにおけるこれらの文字の名 ce, ka, qu…[略]…はエトルリア名に由来したにちがいないことは疑う余地がない。〉*5 ここに挙げていない文字や特に注意が必要な文字に関しては後述する。

英語とドイツ語のアルファベットの名称における系統的な違いの原因として、英語において起こった大母音推移が挙げられる。〈大母音推移はuを除く母音文字の呼び方を変えた。a, e, i, o はOE以来おそくともLME当時まで、それぞれ、[a(ː)], [e(ː)], [i(ː)], [o(ː)]と発音されていたであろうが、大母音推移の結果、長音をもつ強形は[ei], [iː], [ai], [ou]と発音されるようになり、この発音がそのままこれらの母音文字の呼び名になった。〉*6これらの長母音をもつ子音名も同様の変化を蒙った。
また、〈ドイツ語では…[略]…語頭の母音の前と…[略]…母音で始まる意味を持つ単位(形態素 morpheme)の前に[ʔ]を発音するのが標準的〉*7であるため、母音で始まる名称の場合は声門閉鎖音[ʔ]が発音される点が英語とは異なる。ただし、これはドイツ語においては弁別的ではなく、音素ではなく異音である。

C
  • engl.*8 c [siː]
  • nhd.*9 c [tseː]

ラテン語の c [k]はほとんどのロマンス語では前母音の前で口蓋化し、フランス語では[ke]>[tse]>[tʃe]>[se]といった変化を辿った*10。英語の[s]はフランス語由来である*11。ドイツ語では[ts]の段階でとどまっている。*12

G
  • engl. g [dʒiː]
  • nhd. g [ɡeː]

これもcと同様に、フランス語で[ge]>[dʒe]>[ʒe](語頭の場合)という変化を蒙っている。ただ、[dʒ]>[ʒ]の変化は[tʃ]>[s]と同時期らしい*13ので、英語の音に関して単にcと同じであるというだけでは済ませられないような気がする。

H
  • engl. h [eɪtʃ]
  • nhd. h [haː]

〈Hの呼び名は古典期ラテン語では表音的にhaであった。後期ラテン語になると、haはaha, ahha, accha となった…[略]…。この文字のイギリス名ME ache (< OF) は、英語における一般の音変化に従ってModEでは[eɪtʃ]と発音されるようになった。…[略]…ドイツ語は今なお表音的名称ha [haː]を保存している。〉*14

J
  • engl. j [dʒeɪ]
  • nhd. j [jɔt]

古代ローマではIは[i]音と[j]音をもっていた。後者は[j]>[dj]>[dʒ]となりノルマン征服後に英語に輸入された。[dʒeɪ]の[eɪ]は隣のKに影響されたものらしい。ドイツ名はセム名yōdからとられた。*15

R
  • engl. r [ɑː],[ɑɹ]
  • nhd. r [ʔɛr]

英語は[er]>[ar]>[ær]>[æːr]>[ɑː]の変化を辿った。*16

U
  • engl. u [juː]
  • nhd. u [ʔuː]

〈イギリス名uは、古くは[u(ː)]と発音されたが、後にフランス語の影響をうけて今日は[juː]と発音される。〉*17 Qも同様の音変化を受けている。

V
  • engl. v [viː]
  • nhd. v [faʊ̯]

古代ローマではVは[u]音と[w]音を持っていた。後者は[w]>[v]となりノルマン征服後に英語に輸入された。現代イギリス名veあるいはvee [viː]は、b, c, d, g, p, t のラテン名の類推による近代的(17世紀)形成である。ドイツ名 vau [fau] (ドイツ語では v は13世紀ころ f と同一音になった)はこの文字のセム名 wāu(あるいは vāu)に立ち返る(16世紀)。*18なんだか経緯がJと似ている。

W
  • engl. w [ˈdʌbl̩.juː]
  • nhd. w [veː]

英語では[w]音は現在まで保存されているが、ラテン語では7世紀以前に[w]>[v]の音変化を蒙っており、英語にローマのアルファベットが輸入されたときには[w]音の記号がなかった。そのため、[w]音をあらわすため7世紀に二重字< uu>が発明され、これが大陸に渡りリガチャの< w>になった。英語ではこの文字がノルマン征服後に逆輸入されて使われるようになり、ドイツ語ではこの文字が[w]音をあらわすようになってから[w]>[v]の音変化があったため音価に合わせて[veː]と呼ばれる。*19

X
  • engl. x [ɛks]
  • nhd. x [ʔɪks]

〈Xのラテン名は、一時はexであったようであるが、後にixに変わった。この文字が、ギリシア名Χει, Χιのように xe, xiと名づけられなかったのは、多分ローマ人は(イギリス人と同様に)語頭においてxを発音することを困難としたためであろう。…[略]…現代イギリス名xは、esなどにならって、ixの代わりにexと発音される。〉*20

Y
  • engl. y [waɪ]
  • nhd. y [ˈʔʏpsilɔn]

〈Yはギリシアではupsilonと呼ばれた。upsilonとは`simple u'という意味で、同一音を表すようになったοι―υ δὶα δίφθογγου (=u by means of diphthong)―から区別するために付けられた名のようである…[略]…ドイツ語およびイタリア名ipsilonなどはそのギリシア起源の事実を今も留めている。…[略]…Yは、ラテン語および古代フランス語では、その音価に従って表音的にy (=[ü]) と呼ばれた。イギリス名はこのüに由来し、üがūi>uī>wī>[wai]となったといわれる…[略]…あるいは、Yの形はおそらくIの上にVをのせて`V (=u)+I'を表すものと考えられ、従ってその名はuī>wī>[wai]と呼ばれた(O. Jaspersen)ともいわれる。 〉*21

Z
  • engl. z [zɛd],[ziː]
  • nhd. z [tsɛt]

Zはラテン・アルファベットから一旦消失した後再輸入された。そのため、他の文字と同様に表音的に[ez]とは呼ばれずにギリシア名をそのままうけついでzetaと呼ばれていた。アメリカ名[ziː]はb, c, dなどの類推による。*22

*1:H. ブラッドリ『英語発達小史』寺澤芳雄訳 岩波文庫 1982, S. 15.

*2:英語の方が多くの変化を受けている関係上、結果的にドイツ語というより英語入門になってしまったがあまり気にしないことにする。

*3:言語を系統という考え方のみで論ずることのあやうさについては
R. M. W. ディクソン『言語の興亡』大角翠訳 岩波新書 2001.

*4:田中美輝夫『英語アルファベット発達史』開文社叢書 1970, S. 83f.

*5:Ebenda, S.78f

*6:宇賀治正朋『英語史』開拓社 2000, S. 147.

*7:神山孝夫『日欧比較音声学入門』鳳書房 1995, S. 34.

*8:englisch(英語の)。略号は、須澤通ほか『ドイツ語史――社会・文化・メディアを背景として』郁文堂 2009 に倣った。

*9:neuhochdeutsch(新高ドイツ語の)。〈今日一般的には、1950年から現在に至るドイツ語を、「新高ドイツ語」として大きくひとつの時代にまとめる見解が広い支持を得ている。〉(Ebenda, S. 200.)

*10:小林標『ロマンスという言語』大阪公立大学共同出版会 2019, S. 199.
なお、イタリア語とルーマニア語は[tʃ]のままで変化せず、スペイン語は[tʃ]>[θ]と変化した。

*11:中島文雄『英語発達史 改訂版』岩波全書 1987, S. 64

*12:田中 a. a. O., S. 120.

*13:小林 a. a. O., S. 200.

*14:田中 a. a. O., S. 135f.

*15:Ebenda, S. 141.

*16:Ebenda, S. 157f.

*17:Ebenda, S. 204.

*18:Ebenda, S. 160ff.

*19:Ebenda, S. 171f.

*20:Ebenda, S. 178.

*21:Ebenda, S. 183f.

*22:Ebenda, S. 188.