twitterで流れてきたのでちょっと気になって調べてみた。
もちろん、動詞の三人称単数形ではなく、名詞の複数形としての"evidences"についてである。
『日本人の英語』では日本人が可算名詞として使用しやすいとされる不可算名詞が紹介されており、informationやadviceなどに交じってevidenceが挙げてある*1。
『英活』*2には複数形の用法が見られる。
The report revealed many [numerous] evidences of subsequent tempering.
その報告書はあとからいろいろ手を加えられたことを示す数多くの形跡を見せていた。evidence(s) of glacial action
氷河作用の跡the depressing evidences of human frailty that crowd the columns of the newspapers
新聞の紙面を(いっぱいに)埋め尽くす人間の弱さ[もろさ]を示す気のめいるような記事
また、神学における用法として
the Evidences of Christianity
〔神学〕経験論the evidences of divine revelation
〔神学〕天啓の証
がある。
この神学における用法は一般英和辞典ならば載っている*3。語法の説明が充実しているジーニアス英和大辞典から引くと
4 [c]〔神〕[通例the ~s](天啓の)証(あかし)、自明性.
であり*4、ジーニアス英和辞典第三版にも同様の記述がある*5。なお、学習辞典には必要のない語義だと思われたのか、第四版以降では削られている*6。
Project Gutenberg内で"evidences"を検索すると、神学関係と思われる用例が多数ヒットする*7。
神学用語としては複数形で使われるらしい*8ことは分かったので、以下は一般的な意味の"evidence"について見ていきたい。
"Renew of Practical English Usage"には
Usually it is easy to see whether a noun is countable or uncountable. Obviously house is normally a countable noun, and water is not. But it is not always so clear: […] to know exactly how a particular noun can be used, it is necessary to check in a good dictionary.
*9とある。
飛田茂雄は、evidenceを可算名詞としている辞典があり、『英活』(旧版)にもevidencesという複数形が数多く出ていることに触れた上で、〈たしかに、トマス・ハーディの "To Please His Wife" に "Joanna was always hearing or seeing evidences of their arrival." (ジョアナはいつも夫や息子が港に戻ってきたという証拠を見聞きしていた)とあるように、複数形が用いられたことはかつてあったし、現在もその例が皆無ではないけれども、「不可算名詞」だと考えた方がよい。少なくとも、主要な新聞雑誌が複数形を使っているのは見たことがない。〉*10と指摘している。さすがにこれは1994年に出版された古い本なので、最新の辞書も確認してみると、
LDOCEでは[uncountable]と書いてあるだけでなく
GRAMMAR: Countable or uncountable?
• Evidence is an uncountable noun and is not used in the plural. You say:
The judge listened to all the evidence.
✗Don’t say: The judge listened to all the evidences.
• Evidence is always followed by a singular verb:
The evidence is very clear.
• When talking about one fact or sign, you say a piece of evidence:
The police found a vital piece of evidence.
とわざわざ注記してあり*11、MEDALも同様に
Evidence is an uncountable noun, and so:
▪ it is never used in the plural
▪ it never comes after an or a number
✗ You need to balance the evidences from both sides.
✓ You need to balance the evidence from both sides.
✗ His response is an evidence of how insecure the government feels.
✓ His response is evidence of how insecure the government feels.
✗ This can be seen as one more evidence that women experience discrimination.
✓ This can be seen as further evidence that women experience discrimination.
と書き換え方を教えてくれている(英語版、米語版いずれも同じ)*12。
COBUILD*13、CALD*14、ODE*15にはそこまで親切な記述はないものの、不可算名詞としている。"A Communicative Grammar of English" にも単数形しかないMass Nounsの例としてevidenceが挙げてある*16 。
学習英和辞典では、スーパーアンカー英和辞典第5版にはなぜか((複)~s /-ɪz/)という記載があるものの、全ての語義に[U]がついている*17し、プログレッシブ英和中辞典は第4版では
1 [U](…の)証拠, 根拠, 証明⦅of, for ..., to do, that節⦆
2 (…を)明白にするもの;(…の)しるし, 徴候, 形跡⦅of ..., that節⦆. ▼この意味でも複数形は現在ではまれ
*18としていたものの、第5版は名詞のすべての語義で不可算としている*19。
可算用法としては「しるし、徴候、形跡」といった具体的なものについて使われているようである。抽象名詞も〈個々の具体的な「実例」を意味する場合には可算名詞として扱われ〉*20たりするのであって、ある名詞が可算名詞としても不可算名詞としても使われるのは〈an extremely widespread phenomenon〉*21である。
先に引用した『英活』の用例を見ると、意味は「形跡」「跡」「~を明らかに示すもの(記事)」なのでいずれもプログレッシブ英和中辞典の語義2の方である。また、ハーディの用例であるが、河野一郎はこの文を〈ジョアンナには一行の帰ってきた気配が、いつも目に見え、耳に聞こえていた。〉(太字は引用者)と訳出しており*22、井出弘之も〈ジョアンナには彼らが帰ってきた確かな気配が、たえず見え、また聞こえていた。〉(太字は引用者)と「気配」という訳語を踏襲している*23。こちらも「証拠」というよりは「徴候」といった2の意味であろう。
この語義について複数形があるとする辞書も書き方が大きく二通りある。一方は可算用法があるとだけ書くもので他方は複数形として使われると書くものである。前者は〈[U]が一般的だが[C]としても用いられる〉とするコンパスローズ英和辞典*24や、意味区分を明確に示しにくいが[U]性の方が強いとするジーニアス英和辞典第5版*25である。同じジーニアスでも第3版、第4版には〈[U][時に~s]〉と複数形で使われることが書いてあった*26。オーレックス英和辞典第2版でも[U]/[C]⦅~s⦆と複数形で使われることが明示してあり*27、新英和中辞典でも〈不可算名詞 [時に複数形で]〉となっている*28。
使われる場面として、MWALEDは〈1b [count] chiefly US, somewhat formal : a visible sign of something — usually plural〉とし、〈They found many evidences of neglect.〉という例文を載せている*29のだが、ウィズダム英和辞典第4版では〈⦅主に米・くだけて⦆では時に[C]扱い〉という注意書きがあり*30、米語なのは分かるがフォーマルなんだかカジュアルなんだか分からない。OALDには〈In general English, evidence is always uncountable. However, in academic English the plural evidences is sometimes used: (specialist) The cave contained evidences of prehistoric settlement.〉*31とあり、google scholarで検索してみると*32、確かにacademic Englishとしてはかなり一般的なようである。
*1:マーク・ピーターセン『日本人の英語』岩波新書 1988, pp. 38f.
*2:『新編 英和活用大辞典』研究社 1995, "evidence", "column" [電子辞書版]
*3:『リーダーズ英和辞典第2版』 研究社 1999, "evidence" [電子辞書版]
『リーダーズ英和辞典第3版』 研究社 2012, "evidence" [電子辞書版]
『新英和大辞典第六版』研究社 2002, "evidence" [電子辞書版]
『小学館ランダムハウス英和大辞典第2版』小学館 1993, "evidence" [電子辞書版]
*4:『ジーニアス英和大辞典』大修館書店 2001, "evidence" [電子辞書版]
*5:『ジーニアス英和辞典第三版』大修館書店 2001, "evidence" [電子辞書版]
ただし、「自明性」ではなく「証験」となっている。
*6:『ジーニアス英和辞典第四版』大修館書店 2006, "evidence" [電子辞書版]
『ジーニアス英和辞典第五版』大修館書店 2014, "evidence" [電子辞書版]
*7:https://www.google.com/search?&q=%22evidences%22+site%3Agutenberg.org
*8:いわゆる「強意複数」か?
vid. 堀田隆一 intensive_plural / hellog〜英語史ブログ
この記事にはQuirk et al.に載っていないと書いてあるが、Huddleston&Pullumにも載っていなかった。
*9:Mickel Swan, "Renew of Practical English Usage" 4e, Oxford Univ. Press 2020, 119.2 [電子書籍版]
楽天kobo。中身は"Practical English Usage" 4e (2017) が元になってると思うのだが素性がよく分からない。なんと563円という驚きの安さ(2021年1月15日確認)https://books.rakuten.co.jp/rk/b3f728c61bdd3906ad1d09e32e1e96d0/
*10:飛田茂雄『探検する英和辞典』草思社 1994, p. 95. "evidence"
*11:evidence | meaning of evidence in Longman Dictionary of Contemporary English | LDOCE
*12:EVIDENCE (noun) definition and synonyms | Macmillan Dictionary
EVIDENCE (noun) American English definition and synonyms | Macmillan Dictionary
*13:Evidence definition and meaning | Collins English Dictionary
*14:EVIDENCE | meaning in the Cambridge English Dictionary
*15:EVIDENCE | Definition of EVIDENCE by Oxford Dictionary on Lexico.com also meaning of EVIDENCE
ここまで挙げた学習英英辞典と違いODEは一般英英辞典なので書き方が懇切丁寧でないのは当然である。
*16:Geoffrey Leech and Jan Svartvik, "A Communicative Grammar of English" 3e, Pearson Education Ltd. 2002, p. 332
〈see CGEL 5. 73-103〉とあるのでこちらにはより詳細に書いてあるのだろうが、ここでのCGELはHuddleston & Pullum (2002)ではなくQuirk et al. (1985)の方であり、手元になく参照できていない。
[2021/2/4追記]〈Abstract noncount nouns normally have no plural: music, dirt, homework, etc. But some can be reclassified as count nouns where they refer to an instance of a given abstract phenomenon: injustices, regrets, kindnesses, pleasures, etc. Many abstract nouns are equally at home in the count and noncount categories〉(p. 299, 5.75)とだけ書いてあり、具体的にどの単語がどちらに当てはまるかについての記述はなかった。
*17:山岸勝榮編『スーパー・アンカー英和辞典 第5版』学研プラス 2015. "evidence" [第2刷 2017]
*18:http://dictionary.nifty.com/ejword/evidence
*20:瀬田幸人 『ファンダメンタル英文法』ひつじ書房 1997, p. 69
*21:Rodney Huddleston and Geoffrey K. Pullum, "The Cambridge Grammar of the English Language", Cambridge Univ. Press 2002, p. 335
*22:河野一郎訳『呪われた腕 ハーディ傑作選』新潮文庫 2016, p. 42. [『ハーディ短編集』改訳新版 新潮文庫 1968, 改題]
*23:井出弘之編訳『ハーディ短編集』岩波文庫 2000, p. 126.
*24:赤須薫編『コンパスローズ英和辞典』研究社 2018, p. 611 "evidence", p. 2209 文法解説
*25:南出康世編『ジーニアス英和辞典 第5版』大修館書店 2014, "evidence", 「VII [C]と[U]」 [電子辞書版]
*26:小西友七、南出康世編『ジーニアス英和辞典 第3版』大修館書店 2001, "evidence" [電子辞書版]
小西友七、南出康世編『ジーニアス英和辞典 第4版』大修館書店 2006, "evidence" [電子辞書版]
ちなみに、第3版で用例として〈There are ~s [There is ~] that someone has enterd the house.〉があったのだが、第4版以降は用例中の見出し語がフルスペルで書かれるようになったのと同時に交換可能な語句の主従が変わっており、〈「There is evidence [There are evidences] that someone entered the house.〉("「"は交換の起点を示している)となっている。説明を読んでも〈直前の語(句)と交換が可能であることを示す〉としか書いていないが、一般的な方を主にしたと思うのは勘繰り過ぎであろうか。
*27:野村恵造ほか編『オーレックス英和辞典 第2版』旺文社 2013, "evidence"
*28:evidenceの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
*29:https://www.learnersdictionary.com/definition/evidence
*30:井上永幸、赤野一郎編『ウィズダム英和辞典 第4版』三省堂 2019, "evidence" [特装版]
*31:evidence_1 noun - Definition, pictures, pronunciation and usage notes | Oxford Advanced Learner's Dictionary at OxfordLearnersDictionaries.com