shaitan's blog

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ドイツ語入門(母音と子音の読み方)

長母音

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②) - shaitan's blogで書いた長母音化で説明できないパターンとしてTag [taːk]があるが、〈Tag(< tac)が閉音節にもかかわらず長音[aː]になっているのは、Ta-ge(< ta-ge)からの類推による〉*1 らしい。gut [ɡuːt]の長母音は新高ドイツ語単母音化 uo>u [uː]によるものである。*2

ie [iː] は新高ドイツ語単母音化 ie>ie [iː]でスペルがそのまま残ったため、eが長音の印と再解釈された。*3 新高ドイツ語単母音化は上述のuoに加え、üe [üː] > ü [üː] もあるのだが、スペルが保存されているのはieだけである。長母音化で音が合流した結果、どちらかの表記だけが生き残った、ということだろうか?

二重母音

二重母音で特殊な読み方をするものにei [ai]とeu/äu [oi] がある。
これは低舌母音化ei [ei], öu [öu] > ei [ai], äu [oi]起源のものと、二重母音化 î [iː], iu [üː] > ei [ai], eu/äu [oi]起源のものがある。*4
ところで、このblogでは通時的変化等を書く際に過去の綴字が固定されているかのように書いているが、実際はそうではない。例えば[oi]という音は〈初期新高ドイツ語の表記ではew, euw, äu, öe, eü, euw, äw, öw, öuwなどの異種が存在したが、1700年頃には現在のドイツ語のように、ほぼeu, äuに限定された。[…]このような表記異種の限定は、テキストジャンルに関係なく、印刷物の表記方法全般にわたって見られる現象であることから、これらの変化は印刷所、活字師、校正師らによって担われたプロセスであると考えられる。〉*5

子音

-b, -d, -g

語末・音節末のb, d, gはそれぞれ[p], [t], [k]と読む。
〈語末音硬化とは、ドイツ語やオランダ語で見られる語末・音節末における[…]有声阻害音(閉鎖音・摩擦音)の無声化の現象をいう[…]ドイツ語史においては、古高ドイツ語から中高ドイツ語にかけて、[…]語末および[…]音節末において b, d, g, v の無声化が生じた〉*6。〈ドイツ語では表記上の区別はない[…]音節境界が変わって音節初頭音に現れると、有声音に戻る。[…]ただし、ドイツ語では音節境界と形態素境界が一致しないときには、無声化しない。作曲家のWagner[…]は、Wagen「車」+ -er「~人」、つまり、「車大工」の意味から転じたので、音節境界Wag-nerと形態素境界Wagn-erが一致しないためである。これは、形態論が関係する音韻規則の一例である。〉*7

-ig

〈語末-igは[iç]〉*8。これはよく分からなかった。

ng

〈ngは英語のように[ŋ]〉*9 であるが、この音素の成立は初期新高ドイツ語になってからである。*10

ch

〈chは先行音に同化し、中舌・後舌母音a, u, auの後で上あごの奥の軟口蓋を強く摩擦する[ハ x]、それ以外は前寄りの硬口蓋摩擦音[ヒ ç]が原則である。[…] ch [ハ x] は、おもにkに由来する。ch [ヒ ç] は後代の発達で〉*11 ある。後舌母音であるoが書かれていない(同書S. 194には〈ch[ハ x](a, o, u, auの直後で)〉とある)が、脱字であろう。
また、〈chのあとにsがつくと、前の字が何であろうと[ks]となります。〉*12

qu

quは[kv]である。初期新高ドイツ語では〈語頭のtw-は、上部ドイツ語圏を中心としたz[ts]と、東中部ドイツ語圏を中心としたkもしくはq[k]に変化した。その際、w[w]も[v]の音に変わった。〉*13

s, sch, sp, st

〈sのあとに母音がくる時は[z]〉*14であるが、これは〈中高ドイツ語のsは、母音の前の語頭で、さらに語中の母音間あるいはl, r, m,n と母音の間で、[…]有声の[z]になった〉*15 ことの帰結であろう。
さらに、〈中高ドイツ語のsは、子音の前の語頭において、本来の歯擦音的傾向を強め[ʃ]音に変化し、16世紀以降、広くschと表記されるようになった。[…]しかし、pとtの前では、[…]schの表記は定着しなかった。〉*16 schは[ʃ]であり、sp, st で始まる場合はそれぞれ[ʃp], [ʃt]音を表す。

v, w

〈vとfの文字はたいてい無声音の[フ f]を表す。これは[ヴ v]に発達したwとの住み分けの結果、vが無声音[フ f]として定着したことによる。〉*17

*1:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 344.

*2:Ebenda., S. 344.

*3:Ebenda., S. 375.

*4:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 165.

*5:Ebenda., S. 229.

*6:荻野ほか a. a. O., S. 47

*7:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 187.

*8:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 20.

*9:Ebenda., S.21

*10:荻野ほか a. a. O., S. 280

*11:清水 a. a. O., S. 186.

*12:滝田 a. a. O., S. 22.

*13:須澤ほか a. a. O., S. 171.

*14:滝田 a. a. O., S. 23.

*15:須澤ほか a. a. O., S. 170.

*16:Ebenda, S. 170f.

*17:清水 a. a. O., S. 191