浅くさらっておくかと思って高校倫理の用語集や資料集を眺めている。出てくる人々が根拠もなくその主張を本気で正しいと思い込んでる点がヤバいという点を除けば、それなりに面白い。
— しゃいたん (@faogr) 2025年6月26日
というわけで読んでいる本の一つが山川の用語集*1であるが、気になる箇所も多い。
とある用語集(学参)を眺めていたのだが、誤りや誤解を招く記述や著者の主観が随所にあり、マイナー科目とはいえ(まあそれゆえだろうが)酷いと思った。
— しゃいたん (@faogr) 2026年8月25日
天下の山川出版が出している用語集なのだから校閲をしっかりして欲しいものである。大学生以上なら本に書いてあることは嘘かもしれないと思って読んで欲しいところだが、高校生が手にする学習参考書としては害が大きい。各項目の執筆者は明らかではない。まえがきには〈執筆は小寺聡のほかに、福田誠司など諸先生が行い〉とあるが、奥付を見ると〈執筆(五十音順) 小寺聡 福田誠司〉と二人の名前しかなく、他に誰が書いたのか(あるいは実は二人だけで分担したのか)すら判然としない。
とりあえず、変な記述について分かりやすいものをここに書いておくこととする*2。もちろん、これ以外はまともであると主張するものではない。
第I部 青年期の特質と課題
第1章 青年期の性質
マーガレット=ミード
〈サモア島では[…]青年期特有の
山川の倫理用語集第二版(2019)では2014年度の教科書の用語を拾ってるとのことだが、最初の方の「ミード」の項で『サモアの思春期』の主張が無批判で書かれていて笑ってしまう。なお、人名「ミード」は7社中2社でしか出てこないので、他の教科書では触れられてないのだろう。
— しゃいたん (@faogr) 2025年6月26日
ただし、「倫理」という科目としては著書が与えた影響の大きさにこそ意味があるのであり、事実かどうか、研究手法上問題があったかどうかなどはどうでもよいということかもしれない。 そういう意味では用語集(だけ)の問題ではないともいえる。
第3章 生きる意味を求めて
「イマジン」
〈権力によって人を支配する
〈Imagine there's no countries〉の後には〈Nothing to kill or die for〉と続く。異なる国の人々が対立する原因としての国について歌っているのであり、国家内部における権力や支配など出てこない。
民族対立を勝手に付け加えているが、実際には民族ではなく財産の私有のない世界を想像しろと歌う。また「自由な」についてもその価値を積極的に主張している歌詞ではない。
第II部 思想の源流
第2章 ギリシアの思想
『イリアス』
イリアスのあらすじからスムーズに〈やがて、ギリシア軍のつくった木馬の腹に隠れた兵士によってトロイアの城は燃えて陥落し、ギリシア軍の勝利に終わる〉(p. 37)とつないでおり、あたかも木馬の計がイリアスで歌われているかのように書いてある。
アリストパネス(アリストファネス)
項目名として古典ギリシャ語のφ音(帯気音化した無声両唇閉鎖音)の書き方の揺れが気になる。アリストパネスだけ括弧書きで併記されているが、他の人名の項目はファ行を当てた表記だけで書かれている(なお、人名由来のタイトルであるが、『パイドン』は「パ」を当てた項目になっている)。また、クセノファネスの項だけにわざわざ〈クセノパネスとも発音する〉(p. 40) とあるが、こんなこといちいち書くくらいならアリストパネス式に項目名に入れたらよかったように思う。
解説であるが、〈代表作に、女性の立場から戦争の愚かさを批判した『平和』、ソクラテスの問答法を風刺した『雲』や『蛙』などがある。〉(p. 38)とあり、これらの記述は明らかにおかしい。『平和』は女性の立場ではなく農民の立場からの戦争批判である。「女性の」というところを見ると、もしかすると『女の平和(リュシストラテ)』と混同しているのかもしれない。また、いずれの作品にしても、それぞれの立場からの不満が吐露されている(農民は農地を荒らされ、女性は欲求不満である)が、「戦争の愚かさを批判した」と言い切って良いかは疑問である。
『雲』には確かにソクラテスという登場人物が出てくるものの、塾を構えて自然哲学や弁論術を教えるソフィストであり、プラトンに言わせればまったくの出鱈目である*3。少なくとも「ソクラテスの問答法」は出てこない。また、この書き方だと『蛙』もソクラテスの問答法の風刺しているように読めてしまうが、『蛙』だけは内容に言及がなかっただけである、と好意的に考えることとしよう。それなら他の2作品もタイトルだけにしとけば良かったろうにとは思うが。
ギリシア悲劇
〈オルケストラと呼ばれる舞台でコロス(合唱隊)が歌い、その前で役者が劇を演じた。〉(p. 38) とあるが、劇場のつくりを勘違いしている。役者はオルケストラの後ろで劇を演じた。*4
アトム(原子)
〈19世紀にドルトン(J. Dolton 1766~1844)によって原子の基本的構造が科学的に明らかにされ〉(p. 41) とあるが、ドルトンの原子説はあくまでも仮説であって「科学的に明らかに」したわけではないし、その仮説の内容も「原子の基本的構造」というよりは「物質の基本的構造」についてであると言った方が正確であろう。原子の基本的構造(そもそも現在の科学でいう「原子」はアトム(分割できないもの)ではないからこそ「構造」がある)を科学的に明らかにした人と言われれば、ラザフォードを思い浮かべる人が多いのではなかろうか。