shaitan's blog

長文書きたいときに使う.

てんで馬にならない

ウマ娘が流行っている。

ウマ娘 プリティーダービー」とは、かつて名勝負、伝説のレース、偉大な記録を生んだ競走馬の名前を受け継いだ「ウマ娘」たちが織りなすクロスメディアコンテンツ!

ウマ娘」がどういう生き物なのかはよく知らない。羽がなく二本足で歩き、おそらく平たい爪をしているのだろうがプラトンが人間であると認めるかどうかは分からない。それはさておき、この「ウマ娘」の世界には四本足で歩く動物の馬は存在しないらしく、「馬」という漢字もそれを反映して点が2つしかないのだそうである。*1
馬の字は『説文解字』には「かたど頭・たてがみ・尾・四足」とある*2。しかし、金文および甲骨文からも例を引く*3と以下の通り。

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[左]小篆(説文解字)[中]金文(作冊大方鼎*4)[右]甲骨文
これらから分かるように篆書の字形の下部にある線のうち、〈右の三本は毛の生えた尾が強調されたものであり、左の二本が前脚と後脚にあたる。さらに、秦代~隷書で脚と尾の一部が四点に変えられた(左のふたつが足)〉*5。これを考えると、二本足で走るとしても、点の数は3つであるのが「正しい」ことになりそうである。ただし、この字形の変化において〈許慎*6の解釈と同じく「四足」の表現と考えたのかもしれない〉*7わけであり、仮にそのようなことが「ウマ娘」の世界で起こったのだとすれば、解釈の変化が字形に影響を及ぼし*8、点が二つに落ち着いた、ということになるのだろう。

*1:STORY // TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』公式サイトの左から4枚目の画像参照

*2:説文解字. 弟1-15 / 許慎 記 ; 徐鉉 等校定 十上 https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ho04/ho04_00029/ho04_00029_0006/ho04_00029_0006_p0003.jpg
訓読は白川静『新訂 字統 [普及版]』平凡社 2007に従った。

*3:文字画像は漢字古今字資料庫のものを使用した。他の例は小學堂金文小學堂甲骨文 を参照のこと。

*4:故宮Open Data專區 西周早期 作冊大方鼎https://theme.npm.edu.tw/opendata/DigitImageSets.aspx?sNo=04009659

*5:落合淳思『漢字字形史小字典』東方書店 2019, p. 233.

*6:説文解字』の作者

*7:落合 loc. cit.

*8:これも異分析と呼んでいいのか?

千葉大2010年前期医学部問題4


(1)
k=1は不適。以下、k≧2とする。
3^n=(k+1)(k^2-k+1)であり、k+1\leq k^2-k+1よりk^2-k+1k+1で割り切れる。因数定理より(-1)^2-(-1)+1=3k+1で割り切れるのでk=2。このときn=2である。

(2)
(-1)^n\equiv k^2\equiv0, 1\pmod4よりnは偶数。n=2mとおくと、40=(k-3^m)(k+3^m)。ここで、k\pm3^mは偶奇が同じことに注意して、(k-3^m, k+3^m)=(2, 20), (4, 10)。つまり(k,n)=(11, 4), (7, 2)



(1)って84年東工大東工大1984年前期問題1 - shaitan's blog)の特殊な場合ですね。
受験数学ではmod 3が人気ですが、たまにはmod 4のことも思い出してあげてください。

evidencesについて その2

shaitan.hatenablog.com
上記記事では主に英米の標準変種しか考慮していなかったが、Inner Circle*1の外にも英語の世界は広がっている。
英字日刊紙の中では世界一の発行部数を誇るThe Times of Indiaのネット記事でもevidencesは頻繁に使われている("evidences" site:https://timesofindia.indiatimes.com/ - Google 検索)。
矢野安剛によれば、〈equipments、evidences、fictions、furnitures、informations、a researchのように、不可算名詞を可算名詞扱いにするの[…]は広くアジア、アフリカ、ヨーロッパなどのノンネイティブの英語話者に共通している現象です。〉 *2 とのことである。前回の記事で触れたacademic Englishについても、使用者にノンネイティブが多いことが可算名詞としての用法が見られることと関係がありそうである。
さらに〈[ノンネイティブの英語では]同じ概念や対象を抽象物として見るか、具象物として捉えるかによって不可算名詞となったり、可算名詞となったりします。この二重性はノンネイティブ英語話者のそれぞれの母語の影響かもしれません〉*3とある。日本語については、樋口昌幸が〈日本人がしばしばevidenceを[C]として誤用するのは、日本語では「証拠」と「証拠品」との区別が判然としていないことに起因すると思われる。〉*4と述べている。他の言語ではどうなのか気になるところである。

[2021. 3. 28. 追記]
そもそも、ノンネイティブの英語に限らずとも、言語一般において、〈〈数〉の表示の仕方を究極的に決めるのは、名詞の指示対象が具体性のある〈個体〉か、個体性のない〈抽象体〉かということではなく、話し手が対象をいずれに捉えるかという〈主体的〉な営みの問題なのである。〉*5 池上嘉彦はこのように述べ、〈英語の 'advaice', 'evidence' , 'knowledge' など*6は普通単数の形でしか用いられないが、これらとほぼ意味的に対応するフランス語やドイツ語の単語だと、複数形('conseils', 'preuves', 'connaissances';'Ratschläge', 'Beweise', 'Kenntnisse')で用いることが可能である(Mufwene 1984*7。少し前までなら、これらは言語のまぎれもない〈恣意性〉を示唆する証拠ということで取りあげられたことであろう。これらは人間の認知の営みにとっては何が可能であるかを示唆する興味深い事実である。〉*8とする。

*1:〈英語母語話者の世界のことをWorld Englishes(世界諸英語)研究の用語でInner Circleと呼びます。これは直訳すれば「内輪うちわ」です〉
日野信之「母語話者英語と非母語話者英語:非母語話者英語の正当性を主張する論理」本名信行・竹下裕子編著『世界の英語・私の英語 多文化共生社会をめざして』桐原書店 2018, p. 21.

*2:矢野安剛「マレーシアの英語」本名・竹下編著 op. cit., p. 58.

*3:矢野 loc. cit.

*4:樋口昌幸『[例解] 現代英語冠詞事典』大修館書店 2003, pp. 61f.

*5:池上嘉彦『「日本語論」への招待』講談社 2000, p. 101.

*6:ここは原文では「'evidence' , 'advaice', 'knowledge' など」の順になっているが、対応するフランス語とドイツ語に合わせて並べ替えた。

*7:Mufwene, Salikoko. "The count/mass distinction and the English lexicon." In David Testen & Veena Mishra (eds.), Papers from the Parasession on Lexical Semantics (1984), pp. 220-221.
[未読]

*8:池上 op. cit., pp. 104f.

東工大2021年前期問題3

問題略

\displaystyle{}_{2n}\mathrm{C}_k=\frac{(2n)!}{k!(2n-k)!}=\frac{2n-k+1}k\cdot\frac{(2n)!}{(k-1)!(2n-k+1)!}
\displaystyle=\frac{2n-k+1}k\displaystyle{}_{2n}\mathrm{C}_{k-1}\quad\cdots(\ast)

(1)
(*)にk=nを代入して整理して\displaystyle n{}_{2n}\mathrm{C}_n=(n+1){}_{2n}\mathrm{C}_{n-1}を得る。
これを変形すると、{}_{2n}\mathrm{C}_n=(n+1)({}_{2n}\mathrm{C}_n-{}_{2n}\mathrm{C}_{n-1})より{}_{2n}\mathrm{C}_nはn+1の倍数。

(2)
(1)で示した等式が成立すること、(*)よりn≧kのとき\displaystyle{}_{2n}\mathrm{C}_k>{}_{2n}\mathrm{C}_{k-1}であることに注意すると、n≧4のとき
a_n=\dfrac{{}_{2n}\mathrm{C}_{n-1}}n>\dfrac{{} _{2n}\mathrm{C}_2}n=2n-1>n+2

(3)
n≧4のとき、(2)の途中経過よりa_n>2n-1であるが、n!\cdot a_n=2n(2n-1)\cdots(n+2)の右辺は2n-1より大きい素因数を持たないのでa_n素数ではない。
a_1=1, a_2=2, a_3=5より、求めるnはn=2, 3。



(2)のn+2は何を意図したものかよく分からなかった。

京大2021年前期文系問題3

問題略

番号kの箱を単に箱k、操作により箱kから取り出した玉を玉kと書く。
玉1が、その後の一連の操作の全てで取り出されて箱1に戻ってくる確率は\dfrac1{3^n}
玉1が箱1に戻ってこない確率は1-\dfrac1{3^n}であり、このとき玉1の色は玉nの色の確率分布に影響を与えないため、玉nが赤白いずれになる確率も等しく\dfrac12
従って、玉1が箱1に戻ってくることなく、かつ玉1の色と玉nの色が一致する確率は\dfrac12\left(1-\dfrac1{3^n}\right)
玉1が箱1に戻ってくる事象と戻ってこない事象は排反なので、求める確率は\dfrac1{3^n}+\dfrac12\left(1-\dfrac1{3^n}\right)=\dfrac12\left(1+\dfrac1{3^n}\right)

京大2021年前期文系問題5

問題略

p\cdot(p^4+14)=(p-2)(p-1)p(p+1)(p+2)+5(p-1)p(p+1)+15pは15の倍数であり、15より大きい(∵p≧2)。つまり、3つ以上の素数の積で表される数であるから、pp^4+14がともに素数になることはない。



なぜp^4+14なのかよく分からないのだが、普通に解いたときに法が2ではダメだが3でも5でもうまくいくようにしたかったのだろうか。

英語の月の名前


曜日の名前は前にやった(英語の曜日の名前 - shaitan's blog)ので、後回しにしていた英語の月の名前について。
英語の月の名前はローマの暦を起源とする。ローマの暦は当初は一年は十カ月であったという。

都の創建者(ロムルス)が暦を整えたときには、十カ月で一年となるように定めました。

オウィディウス『祭暦』I. 27-28.*1

フレイザー*2は、真冬から春にかけては農閑期なので、人々の活動の基準たる暦には含まれていなかった、とするHartmann*3の見解を支持している。このように一年のうち活動する期間しか暦がない現象はナイジェリア南部*4ニュージーランド*5、トロブリアンド諸島*6ほか、世界各地で見られるという報告があるらしい。

イリオンの血を引く国父[=ロムルス]は、一年の長さを区切ろうとしたとき、ウェヌスの血統を見て取って、進んで自身の家系の祖を記しました。自分に一番生まれが近いという理由から、猛々しいマルスに第一番目の月を割り当てたように、ウェヌスが家系のずっと以前に見られるというので、その次の月をウェヌスの月としました。

オウィディウス『祭暦』IV. 19-30*7

〈三月のローマ名は「マルスの(月)」を意味するマルティウス。ローマ人は、ロムルスが父神マルスの名を一年の最初の月に冠した、と考えた。が、マルスに由来することは間違いないものの、実際には、ローマの月の名はローマ建国より昔に遡る。〉*8
英語のMarchは中英語期にフランス語から借入。同じマルスが語源でも、火曜日(Tuesday)とは異なり、そのままの語形を使用している。

春になればあらゆるものが開きます。固く凍てついた寒さは退き、大地は実りの門を開きます。そこで彼らは、開く (アプリレ)季節からアプリリスというのだと主張しています。けれども、この月には慈しみ深いウェヌスがすでに手をかけ、自分のものだと宣言してあるのです。

オウィディウス『祭暦』IV. 85-90*9

〈四月の名称アプリリス(Aprilis)の語源について正確なところはわからない。古代に行われていた有力な語源説は二つ。ひとつは、実り、花、動物など生物は生育を始め、海や陸地も寒さから解放されて「開く」(aperire)に語源を求める(キンギウス、ワロ(マクロビウス『サトゥルナリア』1.12.12以下))。いまひとつは、アプロディテ(Aphrodite=ウェヌス)にもとづくとする。前者のほうが一般的であったが、オウィディウスはこれを否定し、後者を支持してウェヌス女神を讃えている[…]いずれにしても、四月はウェヌスに神聖な月とされた。〉*10

五月の月の名マイユスの由来[…]にもさまざまな説明をつけることができるので、どれを採るべきか私にはわかりません。

オウィディウス『祭暦』V. 1-6*11

〈五月マイユス(Maius)の名の由来については、ローマ人のあいだにも議論が分かれ、オウィディウスもここで三つの語源説、(1)「権威」(maiestas)、(2)「年長」(maior)、(3)「マイヤ女神」(Maia)を挙げながら、結論を出せぬままにしている。現在有力視されるのは第三説、女神マイヤと関連付けるものである。〉*12
〈OEにはLからのMaiusが見られるが、一般的にはþrimilce, þrimilcemōnaþ(原義)「一日に三度乳しぼりのできる月」が用いられていた。〉現在の語形は中英語期のフランス語からの借入による。*13

今月[=六月]も名前の由来が曖昧です。

オウィディウス『祭暦』VI. 1-2*14

〈六月の名ユニウスの語源もローマ人のあいだで説が分かれた。オウィディウスは以下に三女神にちなむ三説(ユノ、ユウェニス「青年」、ユンクトゥス「結合」)を挙げているが、この他に、タルクィニウス・スペルブス王が追放されたのち、最初の執政官として六月一日にカエリウス丘で犠牲式を執行したマルクス・ユニウス・ブルトゥスにちなむとの説もある(マクロビウス『サトゥルナリア』1.12.31)。〉*15

その後の月は一様に数字で示されました。

オウィディウス『祭暦』I. 39-42*16

〈クィンティリス(Quintilis)、セクスティリス(Sextilis)、セプテムベル(September)、オクトベル(October)、ノウェムベル(November)、デケムベル(December)は、それぞれ、第五月、第六月、第七月、第八月、第九月、第十月を意味する〉*17

彼[=カエサル]は、[…]死すべき人間に与えられる限界を越えた栄誉が決議されても平然と黙認した。[…]彼の名(ユリウス)を冠した月の名。

スエトニウス『ローマ皇帝伝』I. 76*18

七月はJulius Caesarの出生月にちなんでJūliusと呼ばれるようになった。英語は一度ラテン語から直接入ったが、フランス経由で再借入されたものが現在の語形Julyとなる。Julyの〈18Cの発音は/dʒúːli/であり、[…]音法則的でない現在のアクセントは、おそらくJuneとの混同をさけるためであろう〉*19

アウグストゥスは八月を自分の添名にちなみ「アウグストゥスの月」と命名し、「私の生れた九月よりも、むしろ八月をとったのは、最初の執政官に就いたのがたまたまこの月で、そして特別輝かしい勝利を収めたのもこの月であるから」と弁明した。

スエトニウス『ローマ皇帝伝』II. 31*20

〈MEではAugustの他にOF aoust(F aôut)から借入したaust, aoustも用いられた〉が、後期古英語の時代にラテン語から借入した語形であるAugustの方が現代英語まで残っている。*21

残りの九月から十二月までが「なんとかバーの月」になるわけであるが、数字が2つずれている。オウィディウス

ヌマは、ヤヌス神と祖先たちの霊とをなおざりにできなかったので、昔からの月の前に二つの月を置いたのでした。

オウィディウス『祭暦』I. 43,44*22

と書いている。しかし、モムゼンによるとカエサルが暦の改革を行った際に〈三月一日という古い暦の新年を廃止し、それに対して一月一日という日付[…]を暦でも年の初めとして採用した〉*23 とのことである。

戸(ヤヌア)は入口にあるのでヤヌスの月は一年の入り口にあり

オウィディウス『祭暦』II. 47-54*24

〈ローマの一月の名称ヤヌアリウス(Ianuarius)はヤヌス神(Ianus)にちなむ。[…]門・アーチの擬人化として出入口を司り、物事の始まりの神であることは間違いない。〉*25

ローマの父祖たちは清めの具をフェブルアと言いました。[…]今月[=二月]の名前(フェブルアリウス)はこの清めにちなむのですが、それは、ルペルキが剥いだ皮をもって、全市の土地を巡行し、これで清めとするからか、あるいは、死者のための日々が過ぎ去ったそのときは、墓前の供養も済み、清らかな時期であるからでしょう。

オウィディウス『祭暦』II. 19-34*26

ワロは『ラテン語論』ではfebrumはサビニ人の言葉で「清め」のこととしている*27
また、〈ルペルキと呼ばれる祭司団による祝祭ルペルカリアはローマの祝祭中にもっとも古いもののひとつ。〉*28 プルタルコスはこの祭について、

ルペルカリアの祭[…]では、身分のある若者や高級官僚たちが大勢裸かで市内を駆け抜けてゆき、途上で出会うものがあれば、毛のついた革紐で、ふざけて笑いながらこの人たちを打つのである。そしてその際、上流の婦人たちも大勢わざとこれにむかって行って、学校で子供がそうするように、両手をさし出して打ってもらうのであるが、それも、妊婦には安産、子供のないものには懐妊の効果がある、と信じられていたからである。

と伝えている。


というわけである。

*1:オウィディウス『祭暦』高橋宏幸訳 国文社 1994, p. 25.

*2:Ovid, J. G. Frazer (trans.), "Ovid's Fasti", Loeb Classical Library (1931), pp. 385f.

*3:〈O. E. Hartmann thought that …〉とだけ書かれており出典は不明だが、Der römische Kalender von Otto Ernst Hartmann: aus dem Nachlasse des Verfassers - Otto Ernst Hartmann - Google ブックスか?

*4:P. Amaury Talbot.

*5:W. Yate. "An Account Of New Zealand" 2e (1835), pp. 106n. http://www.enzb.auckland.ac.nz/document/?wid=76

*6:マリノフスキーだろうと思ったが、『西太平洋の遠洋航海者』にはそのような記述は見つけられなかった。

*7:オウィディウス op. cit., p. 139.

*8:Ibid., p. 289n.

*9:Ibid., p. 141.

*10:Ibid., p. 309n.

*11:Ibid., p. 182.

*12:Ibid., p. 329n.

*13:寺澤芳雄編『英語語源辞典』研究社 1997寺澤芳雄編『英語語源辞典』研究社 1997, p. 874. "May"

*14:オウィディウス op. cit., p. 218.

*15:Ibid., p. 345n.

*16:Ibid., p. 25.

*17:Ibid., p. 397n.

*18:スエトニウス『ローマ皇帝伝』(上)国原吉之助訳 岩波文庫 1986, pp. 77f.

*19:寺澤編 op. cit., p. 758 "July"

*20:スエトニウス op. cit., p. 127.

*21:寺澤編 op. cit., p. 82 "August"

*22:オウィディウス op. cit., p. 25

*23:T. Mommsen『ローマの歴史』IV 長谷川博隆訳 名古屋大学出版会 2007, pp. 491f.

*24:オウィディウス op. cit., p. 60

*25:Ibid., p. 257n.

*26:Ibid., pp. 58f.

*27:Varro, R. G. Kent (trans.), "On the Latin Language", Loeb Classical Library (1938), pp. 184f. (VI. 13.)https://archive.org/details/onlatinlanguage01varruoft/page/184/mode/2up

*28:オウィディウス op. cit., p. 280n.

*29:カエサル」長谷川博隆訳『プルタルコス 世界古典文学全集』村川堅太郎ほか訳 筑摩書房 1966, p. 448.