shaitan's blog

長文書きたいときに使う.

陰謀論

政治学者のユージンスキは、陰謀を「権力を持つ個人からなる少人数の集団が、自分たちの利益のために、公共の利益に反して秘密裏に行動するもの」、陰謀論を「過去、現在、未来の出来事や状況の説明において、その主な原因として陰謀を挙げるものと定義している。*1
また、哲学者のKeeleyは陰謀を「(政治的・社会的・経済的に)強い力を持つ2人以上のアクターによる秘密の企み」(secret plot by two or more powerful actors)*2 としている。学術研究における文脈での「陰謀」は、特にそれが極めて広い範囲に影響を及ぼす場合を指す。政治学者の秦正樹は陰謀論を「政治や社会において重大な事件・出来事が起きた究極的な原因を、強い力を持つ2人以上のアクターによる秘密の企みで説明しようとする試み」と表現し、政治学者ミハエル・バークンの"definition of conspiracy theory: nothing happens by accident; nothing is as it seems; and everything is connected."*3を踏まえた上で「重要な出来事の裏では、一般人には見えない力がうごめいている」と考える思考様式であるとの定義を与えている。*4

これらの基準に照らせば、

は明らかに上記定義からは外れた用法になるし、

のように超越的な存在が力を及ぼしている場合も除外される。*5

宗教に関する著作の多い中村圭志は、近現代に生まれた非科学的で宗教めいた信念や言説に対して「亜宗教」という名前を与えている*6が、怪しげなものを何でも「陰謀論」呼ばわりするよりは、こういった呼称を用いる方が適切であろう。

上でユージンスキや秦が「定義」したと書いたが、これはあくまでもその著書の中では原則としてその意味で用いるといった注意にすぎない。ユージンスキの言葉を借りれば、〈コミュニケーションを取る際に大切なのは、重要な用語をどのように使用するかについてお互いに同意しておくことだ。〉*7 ということである。

実際に使われている「Aは陰謀論である」は、Aが嫌いであるという話者の心情の表出にすぎないことも多い。いわゆる "snerl-word" *8としての用法である。
そのような意味で使っているとの誤解を生みかねない以上、この語を断りなしに使うのは控えるようにしようと思っている。*9

*1:ジョゼフ・E・ユージンスキ『陰謀論入門』[Joseph E. Uscinski, "Conspiracy Theories: A Primer" Rowman & Littlefield Pub Inc, 2020] 北村京子[訳] 作品社 2022, pp. 41, 43.

*2:Brian L. Keeley, "Of Conspiracy Theories", J. Philos. 96(3) 109-126 (1999). https://doi.org/10.2307/2564659 [未読]

*3:M. Barkun, "A Culture of Conspiracy: Apocalyptic Visions in Contemporary America." University of California Press (2013). [未読]

*4:秦正樹『陰謀論中公新書 2022, pp. 4-6.

*5:これらの投稿は2年半ほど前だが、実際に自分も陰謀の存在を前提とせずにこの語を使っていたのか、それともそういう用法を揶揄するつもりだったのかは思い出せない。

*6:中村圭史『亜宗教』集英社インターナショナル 2023, p. 5.

*7:ユージンスキ op. cit., p. 40.

*8:S. I. ハヤカワ『思考と行動における言語』[S. I. Hayakawa "Language In Thought And Action" 4e, HBJ (1978)]大久保忠利[訳] 岩波書店 1985, pp. 46f.

*9:否定的な印象を与えられる上に、批判されたら「あくまでもその論の構造について述べたものであり、価値判断を含まない」と逃げられる便利な言葉なので、むしろ積極的に使っていこうという考え方もできる。