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金銭と同等に扱われるもの

2017年4月、メルカリで現金が売買されるという一見不可解な現象が話題になった。これにはクレジットカードのショッピング枠の現金化に利用する、あるいは銀行口座を通さずに現金を得るためではないかといわれている。指摘を受けてメルカリ側は迅速に「現行紙幣の出品」を禁止して現金の出品は姿を消した。*1その後、チャージ済みのSuicaやパチンコの特殊景品などの出品も明らかになり、それらの出品も禁止された*2。現在ではメルカリは〈換金性の高い商品の購入(ギフトカード、金券、商品券)など、専ら与信枠の現金化を目的とすることが疑われる行為・取引を行うこと〉を禁止行為の一つとし*3、〈金銭と同等に扱われるもの全般〉を出品禁止としている。
help.jp.mercari.com
このページの〈どのようなものが違反になりますか?〉の項を見ると、メルカリはかなり多くのものを〈金銭と同等に扱われる〉とみなしているらしいことがわかる。

・現在流通している国内の貨幣(記念硬貨含む)

日常語としては「同等」には「相違がある」という暗意があるため、金銭そのものを〈金銭と同等に扱われるもの〉とはあまり言わないと思うが、経験的事実によらず論理的に真であると確実に言えるのだという考え方もできる。
さて、ここで「貨幣」という言葉が出てきた。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第5条第1項に〈貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。〉*4とあり、日銀のマネーストック統計の指標の定義も〈現金通貨=日本銀行券発行高+貨幣流通高〉*5となっているように、「貨幣」は狭義には日本銀行券を含まないものとして使われる。広義にはマクロ経済や金融論で使われるように、「貨幣」は紙幣・硬貨だけでなく、準備預金や民間銀行の要求払預金、定期預金も含むことがあり*6、こちらはこちらでかなり広い概念である*7。一方、日本銀行金融研究所貨幣博物館は「お金」及びその関連資料を収蔵しており、説明において「貨幣」と総称している。メルカリもおそらくこれと同じような意味で使っているのであろう。

・現在使用可能な海外紙幣

前号の「貨幣」とは異なり、「紙幣」では硬貨は除外されていると考えるのが自然であろう。また、近年ポリマー製の銀行券を導入している国の数は50を超える*8が、これらは「紙幣」に含まれるのだろうか。オーストラリアは世界初のポリマー製のお札(ポリマー幣)を導入したことで知られているが、在日オーストラリア大使館のサイトには〈オーストラリアのお札は紙幣ではありません〉と明記されている*9。とはいえ、メルカリ側がポリマー幣を紙幣と区別する合理的な理由もなさそうなので、この号で禁止されているという解釈で良さそうである。更に、硬貨も最後に出てくる〈その他、金銭と同じ意味を持つもの〉には該当しそうなので、いずれにせよ禁止されていると考えた方がいいのかもしれない*10
前号では「流通している」であったが本号では「使用可能な」となっている。なぜ変えてあるのかはよく分からない*11が、こちらの方が分かりやすい。強制通用力をもつという意味であろう。

・暗号資産(仮想通貨)

ハードウェアウォレットは〈その他、不適切と判断されるもの〉の項に載せてあるため、ここではコールドウォレットではなく、仮想通貨そのもの(の送金)を指しているようである。ではペーパーウォレットはどうなるのか気になるところだが、これは〈電子チケットや電子クーポン、QRコードなどの電子データ〉の〈サービス・機能を利用するためのコード類〉に該当するとみなせるし、〈※上記に該当する商品のURLやコード等を、電磁的手段で送付せず、印刷等した物を送付する場合も違反です〉という注があるのでやはり違反なのであろう。

・残高のあるプリペイドカード類(QUOカード、図書カード、テレホンカードなど)

プリペイドカードと一口に言っても、全国約6万店で利用できるQUOカードアニメイトのすべての商品を買うのに使える図書カード*12のように汎用性の高いカードから、使途が極めて限定されるもの*13まである。テレホンカードは固定電話の通話料に充当できる*14のでそれなりに需要はあるようだ。
使途が限定されるものについては厳しく制限しなくてもいいように思えるが、仮に資金決済に関する法律第20条第1項*15の規定による払い戻しが発生した場合に悪用できそうな気もする。

・チャージ済みのプリペイドカード類(Suica楽天EdynanacoWAONなど)

チャージ済みということは残高があるんだから前号に含まれるはずだが別号として立ててある。例示されているのはいずれも独自の電子マネーである。ここで、チャージ残額が0円であればSuica類は出品可能であるように読める。残額が0円でもデポジット500円を確実に換金可能であるがそれは(少なくとも今のところは)問題視されていないようである*16
ここには書かれていないが国際カードブランド付きプリペイドカードや食堂で使われるプリペイドカード*17等もやっぱりダメなのだろう。

・オンラインギフト券 (iTunesカード、Amazonギフト券など)

この手の商品は正規ルート以外での購入は使用できない等のトラブルにつながりやすいという問題もあるため禁止されている側面もあろう。

・商品券、ギフト券

『精選日国』で「商品切手」と引くと、〈商品券のこと。江戸時代中頃、大阪高麗橋の虎屋菓子店が発行した饅頭五文切手が初めといわれる。〉*18とある。商品切手とは耳なれない言葉であるが、消費税法では物品切手という語が現役である*19。「切手」は金銭を受授するために用いられた為替手形の意味から転じて、物品の証拠券、さらには商品券の意味を持つようになったらしい。『日葡辞書』には Qitte 「物を引き渡しさせる証となる紙」が載っており、*20『守貞謾稿』には「酒料理鰻ノ切手 切手ハ契券ヲ云符也贈物ニ用之」とある*21

・航空券、乗車券、旅行券

乗車券と書かれているが、鉄道の場合は入場券や特急券、グリーン券のような、いわゆる料金券も含むのだろう。前号までの商品の一部もそうであるが、これらの券はそもそもクレジットカードで購入が可能である。メルカリで取引されるとカード会社側で何を買ってるか判断がつきづらいというのが問題とされているのかもしれない。*22

・クレジットカード、キャッシュカード

ここにきて明らかな犯罪が出てきた。犯罪による収益の移転防止に関する法律第28条第2項〈[…]通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者も、同様とする[=一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。]。〉*23に該当する。「預貯金通帳等」とは、「預貯金通帳、預貯金の引出用のカード、預貯金の引出し又は振込みに必要な情報」*24であるから、もちろん通帳やネットバンキングのパスワードといったものの出品も違法である。
クレジットカードは会員に貸与されているものであり、所有権はカード会社にある。各社の規約では貸与、譲渡、預託、寄託、質入、担保提供等することが禁じられている*25ので、勝手に売ると横領罪が成立するように思われる。
また、購入者がクレジットカードを利用した場合には加盟店に対する詐欺罪が成立する*26

・債券、小切手、未使用の切手(円)、収入印紙登記印紙

「債券」はもっと広く「有価証券」でいいようにも思ったが「債券」であることに何か理由があるのか。ペーパーレス化が進んでいるが券面発行されるものって何があるのか、個人間取引はどうやるのか、等を少し調べてみたがよく分からなかった。
小切手と切手が並べてあるのがちょっと面白いが、「未使用の切手(円)」というのは書き方が雑ではないか。円形の切手(例:おいしいにっぽんシリーズの84円郵便切手*27)のことだと思う人はいないだろうが、もうちょっと別の表現はできなかったのか。ただ、海外の切手や消印済みの切手は問題ないであろうことは分かる。これに対して印紙だと自動車重量税印紙などの販売が禁止かどうか分からない。おそらく禁止なのだろう。

・宝くじ、勝馬投票券

これもまた勝者投票券勝舟投票券勝車投票券はどうなるのかという問題がある。

・貴金属の地金(金属塊、インゴット、延べ棒など)、地金型金貨

銅の地金や地金型プラチナ貨などは良いのだろうか?難しいところである。

・その他、金銭と同じ意味を持つもの

最後に「意味」ときた。ここでの「意味」は「表す内容」ではなく「価値」や「重要性」という意味であろう。標準的なマクロ経済学の教科書では、貨幣の機能として価値貯蔵手段、計量単位、交換手段の3つの側面から説明することが多い*28が、 ハイエクは〈モノが貨幣となるために果たさなければならない唯一の機能は、交換手段として広く受け入れられることである。もっとも、交換手段として広く通用するためには、価値の尺度となる、価値の貯蔵手段となる、繰り延べ払いの基準単位となるといった追加的な機能も一般に求められるだろう。〉*29とし、流動性こそを貨幣を貨幣たらしめる*30とする。更に、〈貨幣から貨幣でないものにいたるまで、流通の度合いがちがい、価値が個別に変動し、貨幣の役割を果たす度合いもそれぞれに異なるモノが連続体を構成している〉*31という。ジンメルも貨幣の機能のうち交換機能を最重要視している*32。これらに従えば、金銭と同じ意味を持つというのはすなわち流動性が高いということに他ならない。
これを常識的に解釈するなら換金性の高い商品はいけないということになるのであろうが、カード会社の規約で換金性の高い商品として例示されているものとしては金券類、暗号資産、貴金属類に加え、ブランド品、家電製品があり*33、ブランド品や家電製品の取引を禁止してしまうとフリマサイトとしての魅力がかなり失われてしまう。これらについては「航空券、乗車券、旅行券」のところで書いたこととは逆になるが、広く売られているという点でわざわざメルカリだけ制限するほどのことではないということなのかもしれない。

*1:メルカリに「福沢諭吉紙幣」が出品された理由 5万円の現金に5万9500円の値がつく怪現象 | 災害・事件・裁判 | 東洋経済オンライン

*2:【ニュースの深層】人気フリマアプリ「メルカリ」で現金出品のワケ 貸金業者が資金調達? 犯罪集団につながる可能性も…(3/4ページ) - 産経ニュース

*3:その他、不適切と判断される行為(禁止されている行為) - メルカリ スマホでかんたん フリマアプリ

*4:通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律 | e-Gov法令検索
記念貨幣の種類については第二項に規定がある。

*5:マネーストック統計のFAQ : 日本銀行 Bank of Japan

*6:齊藤誠ほか『マクロ経済学〔新版〕』有斐閣 2016, p. 166.

*7:別項目として小切手があることを考慮すると、ここでの「貨幣」は市中銀行当座預金を含まないと推測されるため、マネタリーベースなのだと言えるのかもしれない(日銀の当座預金や準備預金は出品しようがないであろう)。

*8:[...]polymer banknote technology is being used in more than 50 countries[...] (Banknotes — Note Printing Australia

*9:https://japan.embassy.gov.au/tkyojapanese/aust_money.html
このサイト内では「ポリマー幣」と書かれているが、〈ポリマー製の10ドル紙幣〉、〈現紙幣〉のように「紙幣」と呼んでいる箇所も見受けられる。

*10:これに関しては、国内取引を前提としているため、容易に日本円に両替可能かどうかという観点で紙幣と硬貨を区別しており、硬貨については禁止されていないという可能性もある。

*11:異なる意味で使っているのだとすればこの文脈でどういう違いがあるのかが分からないし、同じ意味で使っているのだとすればなぜ表現を変えたのかが分からない。

*12:アニメイトでは、すべての商品(書籍・CD・DVD・キャラグッズなど)を図書カードでお買い求めいただけます。(アニメイト | アニメイト店舗で利用可能な決済方法について

*13:例:伊豆ぐらんぱる公園アトラクションカード プリペイドカードについて - 伊豆ぐらんぱる公園

*14:未使用品のみで、基本料金には使えない。
テレホンカードによる通話料金のお支払(テレカ充当) | 公衆電話インフォメーション | NTT東日本
テレホンカードによる電話料金のお支払いについて | NTT西日本

*15:資金決済に関する法律 | e-Gov法令検索

*16:現在は半導体不足で無記名カードの発行が停止されている。そのため価格が上がっており(一枚2000円くらいが相場のようである)、また駅などで新規に購入できない、といった要因によって換金目的で使われにくいのかもしれない。

*17:例:Pカード社員食堂システム|カードシステム機器|製品カテゴリーから探す|製品情報|グローリー株式会社

*18:『精選版日本国語大辞典』「商品切手」商品切手(しょうひんきって)とは? 意味や使い方 - コトバンク

*19:消費税法 | e-Gov法令検索

*20:中田祝夫ら[編]『小学館古語大辞典』小学館 1983,「わりふ【割符】」「きって【切手】」

*21:守貞謾稿 巻18-19 - 国立国会図書館デジタルコレクション
小学館古語大辞典』にもこの部分が引用されているが16巻とされている。

*22:こういうのってカード会社が本気で調べたらどこまで分かるものなんですかね。

*23:犯罪による収益の移転防止に関する法律 | e-Gov法令検索

*24:犯罪による収益の移転防止に関する法律第28条第1項ではこれの後に「その他特定事業者との間における預貯金契約に係る役務の提供を受けるために必要なものとして政令で定めるもの」と続くが、政令犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令)で定められていない。

*25:カードの管理責任について | 安心してご利用いただくためのルールや注意 | 消費者のみなさまへ | 一般社団法人日本クレジット協会

*26:上林邦充「クレジットカードの不正使用と詐欺罪」『群馬大学社会情報学部研究論集』9, 2002, pp. 136f. 群馬大学リポジトリ

*27:特殊切手 おいしいにっぽんシリーズ 第1集 | 日本郵便株式会社

*28:鎮目雅人「貨幣に関する歴史実証の視点 ―貨幣博物館リニューアルによせて―」p. 4. 日本銀行金融研究所貨幣博物館日本銀行金融研究所貨幣博物館 常設展示リニューアルの記録』2017 所収 調査・研究 - 貨幣博物館 > https://www.imes.boj.or.jp/cm/research/kinken/mod/cm_201703naritachi.pdf

*29:F. ハイエク『貨幣発行自由化論 改訂版』村井章子[訳] 日経BP 2020, p. 123n.

*30:Ibid., p. 124.

*31:Ibid., p. 125.

*32:〈貨幣が保存手段や輸送手段としてもつ意義は[…]交換機能から派生したものである〉G. ジンメルジンメル著作集 2 貨幣の哲学(分析篇)』元浜清海ほか[訳] 白水社 1981, p. 201.

*33:三井住友カード会員規約第6条第3項第4号 「個人情報の取り扱いに関する重要事項」および「会員規約・特約」全文|クレジットカードの三井住友VISAカード