shaitan's blog

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ボルダ勝者はペア全敗者ではない

坂井豊貴『社会的選択理論への招待』の定理1が「ボルダ勝者はペア全敗者ではない。」である*1。この証明はボルダがボルダルールを導入した論文*2 にも載っていないらしく、〈実際のところ、その証明のようなものが与えられるのは約200年後のFishburn and Gehrlein (1976)*3によってである。〉*4〈証明「のようなもの」というのは、彼らの証明[…]が、大筋を説明するに過ぎないからだ。〉*5
この程度の定理はどこにでも証明が転がってるだろうと思ったのだが、日本語で軽くググった限りでは見つけられなかったためここに書いておいても全くの無駄というわけではあるまい*6

有権者の数をn、選択肢の数をmとする。それぞれの有権者がi位に(m-i)点をつけるスコアリングルールRを考えると、Rのもとではボルダ勝者が選ばれる。
Rにおいてはすべての得点の和はn\cdot\dfrac{m(m-1)}2であるから、ボルダ勝者のRにおける得点は\dfrac{n(m-1)}2以上である。
Rのもとでボルダ勝者にk点を与えた有権者は、ボルダ勝者と残りの選択肢それぞれとのペア多数決を行うときにk回ボルダ勝者に票を投ずることに注意すると、ボルダ勝者と残りの選択肢それぞれとのペア多数決においてボルダ勝者は合計\dfrac{n(m-1)}2票以上を得る。
ペア全敗者はそれぞれの多数決で他の選択肢以下の得票しかしないため、ペア全敗者と残りの選択肢それぞれとのペア多数決においてペア全敗者の合計得票数は総票数n(m-1)の半分未満、すなわち\dfrac{n(m-1)}2票未満である。
よってボルダ勝者はペア全敗者ではない。

[2021/2/16追記]
坂井(2013)の§3.3まで読んだらかなり似た議論が紹介されていた。

*1:坂井豊貴『社会的選択理論への招待 ――投票と多数決の科学』日本評論社 2013, p. 8.
また、〈「他の全ての選択肢に対し、ペアごとの多数決で負ける」[…]ような選択肢をペア全敗者と呼ぶ〉(Ibid., p. 7)。いわゆるCondorcet loserのことであるが、著者の用語の方が分かりやすいためそちらを採用した。

*2:M. de Borda, "Mémoire sur les élections au scrutin", Mémoire de l'Académie Royale des Sciences 1781, 657-665 (1784) https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k35800/f787.item.
論文の脚注に〈Les idées contenues dans ce mémoire, ont déjà été présentées à l’Académie il y a quatorze ans, le 16 juin 1770.〉とあるので1784年っぽいのだが、表紙(https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k35800/f1.item)には中央部に〈Année M. DCCLXXXI〉とあり下に〈M. DCCLXXXIV〉とあるのでよく分からない。

*3:P. C. Fishburn and W. V. Gehrlein "Borda's Rule, Positional Voting, and Condorcet's Simple Majority Principle," Public Choice 28, 79-88 (1976). https://doi.org/10.1007/BF01718459(未読)

*4:坂井 op. cit., p. 7

*5:Ibid., p. 7n

*6:坂井(2013)にも「証明」は載っているものの、特殊な場合についての説明をして他も同様に示されるといった書き方であるため、私にとっては分かりづらかった。ただし私の証明も方針はこれと同じである。