shaitan's blog

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アホロートルって何?

前回は、英語でaxolotl、スペイン語でajoloteとなる生物名が日本語では「アホロートル」となったことについて書いた*1
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このaxolotlはナワトル語由来で、ātl「水」+ xōlōtlである*2*3というところまでは争いがないのだが、全体の意味についてはめいめいが好き勝手なことを言っている。精選版日本国語大辞典の「アホロートル」の項では〈スペイン axolotl「水に遊ぶ怪物」の意〉*4Wiktionary英語版の"axolotl (Classical Nahuatl)"では〈ātl (“water”) + xōlōtl (“slippery or wrinkled one, servant, slave”)〉*5Wikipediaスペイン語版の"Ambystoma mexicanum"の項では〈«ā» -atl- ‘agua’, «xōlōtl» ‘extraño, monstruo’: "monstruo de agua"〉*6となっているが、これらのみにとどまらない。


結局のところ断定的なことは言えないという、穏当な結論に落ち着くわけである。
というわけなので、servant説については、それが正しくなかったとしても理解はできる。問題は他の説である。ここでアステカ神話からケツァルコアトルの双子とも分身(ナワル)ともいわれる神、ショロトルにご登場いただこう。この神は絵文書では犬の頭を持つものとして描かれる。また、誕生の仕方が他と異なるもの、たとえば双子や奇形と関係しており、二本一緒に生えたトウモロコシもショロトルと呼ばれ、小人や背骨が湾曲している人物はショロメとしてショロトルの範疇に入れられた。*7
フィレンツェ文書に採録されている太陽の創造の神話では、太陽を動かすため神々が自ら生贄になろうとするが、ショロトルはそれを拒否して逃げ出したことになっている。そして二本一緒に生えたトウモロコシ(xolotl)に化け、次に二本一緒に生えたマゲイ(mexolotl)*8に化け、最後にアホロートル(axolotl)に化けて逃れようとする。*9
こういったショロトルのイメージからすると、〈water dog〉という説はショロトルが犬と深い関係を持つゆえに生まれたと思われる。また、奇形と関係があることから「怪物」につながるのも理解できる。最後に「しわしわ」についてであるが、これはナワトル語でxolochから始まる語が皺や曲げるといった共通のイメージを持つからではないだろうか*10。「曲げる」というのは「二重にする」ということであるから、xolo-との意味的なつながりが感じられる。ボルジア絵文書にも手足の折れ曲がったショロトルが描かれている*11
なお、xolotl で終わる動物は他にも huehxolotl「七面鳥」、tlacaxolotl「バク」があり、語源を考えるならこれらとの比較もしたほうがよいように思われるのだが、特にそういった言及のある文献は見つけられなかった。*12

*1:結局よく分からなかった

*2:-tl は古典ナワトル語で母音終わりの語根につく名詞の絶対接尾辞である。(八杉佳穂「ナワ語群」亀井孝ほか[編著]『言語学大辞典』 第二巻 世界言語編(中) 三省堂 1989, p. 1475)

*3:名詞と名詞の結合は、修飾要素が被修飾要素の前にきて、前の要素となる名詞は語幹のみとなる。(小池佑二「ナワトル語」Ibid., p. 1481.)

*4:アホロートル(あほろーとる)とは? 意味や使い方 - コトバンク

*5:axolotl - Wiktionary, the free dictionary

*6:Ambystoma mexicanum - Wikipedia, la enciclopedia libre

*7:加藤隆浩「ショロトル」松村一男ほか[編]『神の文化史事典』白水社 2013, p. 270.
加藤はショロトルという名前を〈「犬の神」の意〉としている。

*8:マゲイ(maguey)はリュウゼツラン(アガベ)の一種。magueyはタイノ語からスペイン語に入った単語であり、ナワトル語ではmetlである。mexolotlは双子のマゲイという意味である。(Gran Diccionario Náhuatl: mexolotl)

*9:https://www.loc.gov/resource/gdcwdl.wdl_10096_002/?sp=470

*10:吉田晃章「先スペイン期メソアメリカにおけるイヌの象徴性―中米の世界観に関する一試論―」『文明研究』27 東海大学文明学会 2008. http://civilization.tkcivil.u-tokai.ac.jp/img/tkc2701.pdf

*11:FAMSI - Universitätsbibliothek Rostock - Codex Borgia (Loubat 1898)http://www.famsi.org/research/loubat/Borgia/page_10.jpgの左上。

*12:語形が同じだけで形態素としてxolotlを含むわけではないという可能性はありうる。あるいは表記の上では同じであるが、母音の長短や声門閉鎖の有無の違いで別語であることが明らかなのかもしれない。