shaitan's blog

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インディアスの有尾目の呼称についてのあまり簡潔でない報告


広辞苑第七版では〈外来語については、日本に直接伝来したと考えられる原語を掲げ〉てあり、「アホロートル」のそれは英語の〈axolotl〉であるとしている。*1しかし、英語から入ったと考えると「ホ」は上に引用したツイートの指摘通り不自然である。管見の限りでは他の国語辞典で原語を英語としているものはなく*2、記載があるものはいずれも原語はスペイン語のaxolotlであるとしている。*3
スペイン語の<x>の発音は歴史的には[ks]であり、現在では音環境によって[k]は有声摩擦音化し[ɣ]になったり、弱化したり脱落することも多い。だが、メキシコ先住民語に由来する語では、<x>を[x]で発音するものがある。*4 また、現代スペイン語で「アホロートル」は〈ajolote[axolóte]〉*5 である*6
これではスペイン語であるとしても日本語の語形の問題は解決しない。しかも、スペイン語の綴りも国語辞典のそれとは異なり、原語とされる〈axolotl〉がスペイン語であると称するのが適切なのかもよく分からない。小学館『西和中辞典』第2版には〈axolotl [ak.so.lótl // a.xo.-]〉が立項されており*7、これを信じるなら綴りも発音もなにも問題なくなるのであるが、スペイン王立アカデミーの辞書であるDiccionario de la Lengua Españolaにはajoloteしか載っておらず*8、少なくとも現代のスペイン王国における規範的な綴りではないようである。時代差や地域差があるのかもしれないのでこれ以上はよく分からない*9。こちらに載っていない異なる綴りとしてはaxoloteも使用されているようである*10が、やはり日本語の「トル」が説明できない。
1940年出版の『メキシコ風土誌』には〈アホロテ(Ajolote)〉と紹介されており*11、また、別種の生物であるがlagarto ajoloteはアホロテトカゲという和名が定着しているようである。スペイン語の音写であればこうなるのが自然である。
アホロートル」の古い例を探すと、1890年発行の教科書にAxolotleにアホロートルとルビが振ってあるものが見つかる*12。この綴りはポルトガル語axoloteの異綴りらしい*13が、ポルトガル語だとしても音が合わないように思われる。結局、現在定着している「アホロートル」という語形の起源については分からなかった。
さて、半世紀後の『メキシコ風土誌』で「アホロテ」と紹介されているように、この「アホロートル」という語形はすぐに一般化したわけではなく、英語由来と思われる「アキソロ(ー)トル」や「アクソロ(ー)トル」なども国会図書館デジタルコレクションを見るかぎり、少なくとも1960年代くらいまでは多く使われていたようである*14

[2023.8.28追記]
shaitan.hatenablog.com

*1:新村出[編]『広辞苑』第7版 岩波書店 2018 [電子辞書版], 「アホロートル

*2:国語辞典に限らなければ、『日本大百科全書(ニッポニカ)』 (アホロートル(あほろーとる)とは? 意味や使い方 - コトバンク)には原語を英語として立項してある。

*3:『精選版日本国語大辞典』, 『大辞泉』(アホロートル(あほろーとる)とは? 意味や使い方 - コトバンク
大辞林』第4版(ビッグローブ辞書アプリ版), 「アホロートル
三省堂国語辞典』第8版 [小型版] 三省堂 2022, 「ウーパールーパー

*4:伊藤大吾「第一章 文字と発音」山田善郎ほか『中級スペイン文法』 白水社 1995, pp. 14f.

*5:宮城昇ほか[編]『現代スペイン語辞典(改訂版)』白水社 1999, "ajolote".

*6:[2023.8.23追記]
16世紀にBernardino de Sahagúnが編纂した"La Historia General de las Cosas de Nueva España" には axolotlの語形が見られる。https://www.loc.gov/resource/gdcwdl.wdl_10096_002/?sp=470

*7:axolotl(スペイン語)の日本語訳、読み方は - コトバンク 西和辞典

*8:ajolote | Definición | Diccionario de la lengua española | RAE - ASALE

*9:[2023.8.24追記]
スペイン語では16世紀初めには<x>で表される[ʃ]音に[ʃ]>[x]という変化は起こっており、17世紀初めから<j>で表される有声の[ʒ]も[x]に合流した。その後に綴り字の上で<x>が<j>に変化したらしい。(小林標『ロマンスという言語 ――フランス語は、スペイン語は、イタリア語は、いかに生まれたか――』大阪公立大学共同出版会 2019, p. 226
[2023.8.28追記]
これらの変化の要因であるが、[ʒ]の無声化はバスク人スペイン語の影響があり、しかも有声/無声の対立は弁別の上であまり機能を負っていなかったからである。[ʃ]の場合は[s]との区別は音韻論上重要であったため、音の違いを強調するために[ʃ]>[ç]>[x]といった変化を辿った。(E. コセリウ『言語変化という問題』田中克彦[訳] 岩波文庫 2014, pp. 220-222. (第3章3.2.1))

*10:axolote – 英語への翻訳 – スペイン語の例文 | Reverso Context
Axolote | Spanish to English Translation - SpanishDictionary.com
また、ガリシア語、ポルトガル語でもaxoloteのようである(axolote - Wikcionario, el diccionario libreaxolote - Wikcionário)。

*11:松井佳一『メキシコ風土誌』育生社 1940, p. 131.
メキシコ風土誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*12:飯島魁『動物学教科書 : 中等教育第2』敬業社 1890, p. 262.
動物学教科書 : 中等教育 第2 - 国立国会図書館デジタルコレクション(「アホロートル」で検索しても出てこないので注意)

*13:axolote - Wikcionário

*14:古いものでは、天野皎[抄訳]『小学博物書 巻之3』竜章堂(1877)に〈墨是哥「サイレン」ト稱スルモノハ「サイレン」種ノ中ノ一種ニシテ「アキソロット」或ハ「アキソロットル」ト稱スル処ノモノナリ〉(小学博物書 巻之3 - 国立国会図書館デジタルコレクション)とある。本書の元になった懸図は School and family charts, accompanied by a manual of object lessons and elementary instruction, by Marcius Willson and N.A. Calkins. No. XVIII. Zoological: class III. Reptiles, class IV fishes | Library of Congress であり、図の説明は The Fifth reader of the school and family series. : Marcius Willson , Harper & Brothers : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive と思われる。こちらでは綴りはaxolotとなっている。