shaitan's blog

長文書きたいときに使う.

野菜と果物

両者の違いがしばしば話題になるので、調べてまとめておく。農畜産機構の野菜需給協議会では野菜の分類・定義の傾向について以下のように述べられている。

野菜の分類・定義はそれぞれの分野の特性に応じて行われており、共通的・統一的なものはないが、定義や分類に当たっての基本的な考え方として、生産の場を対象にした学問である園芸学での分類及び生産関係の定義・分類では、主として植物としての特性と栽培の観点から定義・分類が行われ、川下に近づくにつれて、食べ方や消費形態等日常の生活感覚を基に定義・分類が行われていると考えられる。

「野菜の定義について」*1

メロンは野菜です(えっえっ うそっうそっ)*2

栽培植物の分類としては、園芸学的には、

 園芸で扱う植物は園芸植物または園芸作物 [horticultual crop]と呼ばれ、以下のように副食やデザートとして食用を目的とする野菜と果樹、鑑賞を目的とする鑑賞植物に分類されます。
 一方、農作物は穀類やイモ類、マメ類などの食用作物を中心に、飼料作物や工業原料作物、緑肥作物があります。

1. 果樹 [fruit tree]
 食用となる果実および種子を産する多年生の木本植物を果樹といいます。なお、多年生植物ですが、2年以上栽培を要するバナナ(Musa spp.)、パイナップル(​Ananas comosus)、パパイヤ(Carica papaya)なども含みます。
2. 野菜 [vegetable, vegetable crop]
 草本植物で、その全部あるいは一部が食用にされるものをいい、蔬菜とも呼びます。
3. 鑑賞植物 [ornamental plant]
 花や葉、果実などを鑑賞したり、香りなどを楽しんだりする目的で栽培される植物を観賞植物または花卉と呼んでいます。


『最新 園芸・植物用語集』*3

ということらしい。利用目的で分類していることから分かるように、植物種だけで決まるものではない。例えば以下のような分類がなされる。

未成熟なマメやトウモロコシは、野菜として扱いますが、成熟した種実を利用する場合は農作物となります。ヒマワリも花を観賞する場合は花卉ですが、種実から油を採ることを目的に栽培を行う際は、農作物となります。


『基礎から学べる「はなとやさい」づくりの園芸用語事典』*4

日本標準産業分類*5では「0113 野菜作農業(きのこ類の栽培を含む)」と「0114 果樹作農業」が分かれており、すいか作農業、メロン作農業は野菜作農業に分類されると例示されている。農水省も生産に軸足を置いているようで、

農林水産省では、園芸作物の生産振興を効果的に推進するため、概ね2年以上栽培する草本植物及び木本植物であって、果実を食用とするものを「果樹」として取り扱っています。
従って、一般的にはくだものとは呼ばれていないと思われる栗や梅などを果樹としている一方で、くだものと呼ばれることのあるメロンやイチゴ、スイカ(いずれも一年生草本植物)などは野菜として取り扱っています。

とある。たとえば、農水省令である種苗法施行規則の別表第一の右欄を見ると「くり」「うめ」は「果樹」に、「メロン」「スイカ」「いちご」は「野菜」になっている*6。ただし、同じ農水省でも、青果物卸売市場調査では流通の観点からか「メロン」「すいか」「いちご」を野菜でなく果実に分類している。
ところで、〈メロンやイチゴ、スイカ〉という並べ方はよく分からない。なぜ近縁のメロンとスイカでイチゴを挟んだのだろう、と思っていたら、明治26年発行の福羽逸人 『蔬菜栽培法』*7では「甜瓜」「苺」「西瓜」の順に出てくる。まさかこれに倣っているのか?
また、〈いずれも一年生草本植物〉という記述には注意が必要である。〈原産地では多年生植物になるものでも、他の地域で栽培する場合、環境が異なるために1年以内で枯死する傾向にある植物は、園芸的には一年草として扱われ〉*8るが、イチゴは枯れるわけではなく、〈日本ではイチゴを多年草として扱う栽培方法は通常実施されていない〉*9というだけである。

 多年生で栄養繁殖性植物のイチゴは同じ場所で同じ個体から複数年にわたり収穫することができる。初期のイチゴ栽培はこのようなものであったと想像されるが、収量・品質は歳月を重ねるほど低下する。その対策として毎年の苗更新と育苗が行われるようになったものと思われる。

『イチゴの基礎知識』*10

先に引いた福羽逸人も

苺ノ美果ヲ收獲セント欲スルニハ一年生ノ嫩苗ヲ以テスルニ在リ二年以上ヲ經過シタル古株ハ决シテ好結果ヲ得ルコトナシ

『果樹蔬菜高等栽培論』*11

と書いている。なお、〈東欧諸国やアメリカ北東部などの高緯度の大陸性気候を有する地域では、夏の冷涼な気候を利用しマット栽培と呼ばれる多年生栽培が行われている〉*12

ボク食べる人*13

消費者の視点での分類としては、総務省統計局が行っている家計調査の収支項目分類*14がある。これを見ると、「309 すいか、310 メロン、311 いちご」は「1.6.1 生鮮果物」に入っている。「生くり」も「313 他の果物」として生鮮果物に分類されており、乾物のうち〈アーモンド、カシューナッツなどの木の実〉は「319 果物加工品」である*15。しかし、「291 梅干し」は「319 果物加工品」*16ではなく、「1.5.4 他の野菜・海藻加工品」に入れられている。日本食品標準成分表の「果実類」の説明には

この食品群[=果実類]は、原則として木本植物から収穫されるものを収載したが、草本植物から収穫されるものであっても、通常の食習慣において果物と考えられている「いちご」、「メロン」、「すいか」等は本食品群[=果実類]に収載した。


とある。ただし、梅(生、梅漬、梅干し)やオリーブ(塩漬)も「果実類」に入っており、通常の食習慣において果物と考えられていないものが排除されているわけではないようである。なお、栗やアーモンド、カシューナッツなどは「種実類」という分類になっており、「野菜類」でも「果実類」でもない。果物好きを自認する俳人子規は、

栗、しいの実、胡桃くるみ団栗どんぐりなどというものは、くだものとはいえないだろう。さらばこれらのものを総称して何というかといえば、木の実というのである。木の実といえば栗、椎の実も普通のくだものも共に包含せられておる理窟であるが、俳句では普通のくだものは皆別々に題になって居るから、木の実といえば椎の実の如き類の者をいうように思われる。


「くだもの」*17

という文章を残している。

本質などない

Lakoffの著書Women, Fire, and Dangerous Thingsには

From the time of Aristotle to the later work of Wittgenstein, categories were thought be [sic] well understood and unproblematic. They were assumed to be abstract containers, with things either inside or outside the category. Things were assumed to be in the same category if and only if they had certain properties in common. And the properties they had in common were taken as defining the category.


Women, Fire, and Dangerous Things*18

とあるが、後期ウィトゲンシュタイン以降の時代を生きる我々であっても、素朴に「果物の定義とは?」などという問いを立てるときには基本的にこういったカテゴリー観を所与としている。しかし、今まで見てきた通り、統計上の分類のように必要に迫られて分けた*19ものですら、共通する属性が明確にあるとは言い難い。とはいえ、日常において我々は「果物」という言葉を適切に使うことができる。

日常のカテゴリー化の在り方は、次の4点にまとめられる:
(i)カテゴリーのメンバーは、家族的類縁性によって関連づけられる、
(ii)カテゴリーの境界は曖昧で、基準とする観点や新しい事物の導入によって如何様にも変わりうる、
(iii)カテゴリーのメンバーは、典型的なメンバー(プロトタイプ)から非典型的なメンバーへと段階的に分布している、
(iv)他のカテゴリーとの境界が最も明確なカテゴリーは、基本レベルカテゴリーと呼ばれ、このカテゴリーは、認知的・言語的に際立っている。
[読みやすさのために改行を加えた]


『概念化と意味の世界』*20

今回の議論に直接関係のない(iv)を除き、これらを順に見ていくことにする。(i)は、ウィトゲンシュタインの言葉を借りるならば、「果物」に〈共通なあるものが存在して、我々はそれがゆえにそれらすべてに同じ言葉を用いているのではまったくなく、―むしろそれらは相互に様々に異なった仕方で類似している*21ということである。(ii)について言えば、今まで長々と述べてきたように、生産と消費という異なった観点では異なった境界が設定されている。(iii)であるが、先ほど引用した子規は

〇くだものに准ずべきもの 畑に作るものの内で、西瓜すいか真桑瓜まくわうりとは他の畑物とは違うて、かえってくだものの方に入れてもよいものであろう。それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。

「くだもの」*22

とも書いている。子規は「果物」のプロトタイプである「畑で作られない」「甘みがある」「生で食べる」のうち、最初の特性のみを持たない西瓜と真桑瓜について〈くだものに准ずべき〉と言っているのである。これらと比較してさらに果物らしさを持たないトマトについて、日本の植物学の父、牧野富太郎

面白いことには、このトマトが、クダモノか、蔬 [野菜] 類かとのの問題になると、チョットとその判断に迷うのである。これは、クダモノのようでもあり、また蔬類のようでもあって、あたかもその中を通っているような不思議な、蔬類である。


『植物一家言』より「トマト」*23

と述べている。このように、典型的な果物から非典型的な果物、非典型的な野菜まで段階的な分布が見られる。

いかがでしたか?

野菜と果物について調べてみましたが、これらはあいまいな概念だということしか分かりませんでした。

「だがあいまいな概念というのは、そもそも概念なのか?」―ピントのぼやけた写真は、そもそもある人の像なのか? そうだろうか、ぼやけた写真をはっきりとした写真で置き換えるのは、常に都合のよいことなのか? ほかならぬぼやけた写真を必要とすることが、しばしばあるのではないか?


哲学探究』71節*24

いずれにしても、健康のために野菜や果物を積極的に摂っていきたいですね!
野菜や果物が足りてない人はこちら↓
www.ehealthyrecipe.com

*1:平成24年度第3回野菜需給協議会配布資料|農畜産業振興機構 資料7「野菜の定義について」p. 1.(https://www.alic.go.jp/content/000093223.pdf

*2:『エンジェル★うっきー』作詞:田辺智沙、作曲・編曲:HULK、歌:エンジェル隊
テレビアニメ『ギャラクシーエンジェル』(第3期)後期オープニングテーマ(2003年1月12日~3月30日放映)

*3:土橋豊『最新 園芸・植物用語集』淡交社 2019, p. 52.
引用にあたり、ルビ、太字、ページ参照を割愛した。

*4:肥土邦彦『基礎から学べる「はなとやさい」づくりの園芸用語事典』誠文堂新光社 2013, p. 28.

*5:総務省|統計基準・統計分類|日本標準産業分類(平成25年10月改定)(平成26年4月1日施行)−分類項目名 > 大分類 A 農業,林業 説明及び内容例示(https://www.soumu.go.jp/main_content/000290720.pdf

*6:「備考」なのであまり意味はなさそうな気もするがよく分からない。最新の種苗法施行規則(http://www.hinshu2.maff.go.jp/act/kankeihourei.html)では「いちご」が「イチゴ」になっている。

*7:福羽逸人『蔬菜栽培法』博文館 1893. 蔬菜栽培法 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*8:土橋 loc. cit.

*9:西澤隆『まるごとわかるイチゴ』誠文堂新光社 2017, p. 10.

*10:森下昌三『イチゴの基礎知識』誠文堂新光社 2014, p. 35.

*11:福羽逸人『果樹蔬菜高等栽培論』博文館 1908, pp. 292f. https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/840064/157

*12:西澤 op. cit., p. 57.

*13:ハウス食品工業(株) ハウスシャンメン『私、つくるひと』15秒CM(1976年放映)
日本テレビコマーシャル製作社連盟『昭和の秀作CF200選』玄光社 1995, p. 105.

*14:統計局ホームページ/家計調査 収支項目分類 > 収支項目分類及びその内容例示(https://www.stat.go.jp/data/kakei/kou2020/zuhyou/kouh2020.xlsx

*15:〈落花生〉は「359 他の菓子」として「1.8 菓子類」に入れられている。

*16:果物を加工した食品であっても、ジャムは「331 ジャム」という独立の項目として集計されており、チップスは「357 スナック菓子」になる。

*17:正岡子規「くだもの」阿部昭[編]『飯待つ間――正岡子規随筆選』岩波書店 1985, p. 162. [『ホトトギス』第四巻第六号 明治34.3.20.]

*18:G. P. Lakoff Women, Fire, and Dangerous Things, Univ. Chicago Press 1987, p. 6.

*19:〈境界を引くことはできる。なぜならまだいかなる境界も引かれていないのだから。〉L. ウィトゲンシュタイン哲学探究鬼界彰夫[訳] 講談社 2020, p. 77.(68節) [原著第四版]

*20:深田智、仲本康一郎『講座 認知言語学のフロンティア③ 概念化と意味の世界 ――認知意味論のアプローチ――』研究社 2008, pp. 76f.

*21:ウィトゲンシュタイン op. cit., p. 75.(65節)

*22:正岡 op. cit., p. 163.

*23:牧野富太郎「トマト」『植物一家言』北隆館 2000, p. 98.

*24:ウィトゲンシュタイン op. cit., p. 79.(71節)