shaitan's blog

長文書きたいときに使う.

ドイツ語入門(基数②)

6. sechs

Gmc *sehs [sexs] (Reconstruction:Proto-Germanic/sehs - Wiktionary)からの発達。
〈中高ドイツ語のsの前のhは、初期新高ドイツ語でmhd. vuhs [fuxs] > nhd. Fuchs [fuks](狐)のように、軟口蓋摩擦音[x]から閉鎖音[k]に変わった。〉*1
英語では〈X文字は[ks]の音価をもってOE以来用いられている〉*2 とのことなので、英語の方はOE siexの頃から[ks]だったのだろう。

7. sieben

PIE *septḿ̥ に対し Gmc *seƀun であるが、語尾の *-m̥ > *-un の変化からGmcの前は語尾に子音が続いていたと考えられ、ゲルマン語以外で見られる *-pt- がないことから、Gmcは*sepḿ̥tにさかのぼるらしい。*3
PIE *p は第一次子音推移によりGmc *fとなったが、〈ヴェルナーの法則[…]によれば、無声摩擦音f, þ, xとsは語中および語末において、これらの直前の音節にアクセントがある場合は無声のまま留まるが、直前の音節にアクセントがない場合は、有声化してƀ, đ, ǥおよびzとなる。〉*4 有声有気閉鎖音(bh/dh/gh/gwh)も第一次子音推移により有声摩擦音になった結果、〈ゲルマン祖語では摩擦音が著しく多いという類型論的な不均衡が生じた。それを解消するように[…]「有声摩擦音(ƀ/đ/ǥ/ǥw)>有声閉鎖音(b/d/g/gw)」の変化が続いたとされている。〉*5
ただし、OE seofonであり、英語の場合は[v]音で閉鎖音化はしていない。

8. acht

Gmc *ahtōu [ˈɑx.tɔːu̯](Reconstruction:Proto-Germanic/ahtōu - Wiktionary)の強勢のない第二音節が弱化して現代ドイツ語に至ったのだろう。
英語の方は〈Gmc h [x] はOEで[…]-ht, -hh-および語尾においては[x]として残った(前母音のあとでは[ç])。〉*6 MEでは〈[x][ç]を表すにはhのほかȝ, ȝh, ghの綴字が用いられるようになった〉*7。さらにModEになると〈ME h, gh [x][ç]は消失するか[f]音に変った〉*8

9. neun

独 neun [nɔʏ̯n] と英 nine [naɪ̯n] なので現代語だけ見るとこれまで見てきた中で一番似ていると思う。ただ、英語の方はOE nigon > ME nin といった発展を経ている。

10. zehn

独と英のzとtの違いは高地ドイツ語子音推移だろう。hは英語では早々に落ちている(OE tīen)。ドイツ語では新高ドイツ語において〈hの前の強勢のある開音節(母音で終わる音節)で長音化(Dehnung)が生じ、かつhは無音となったが、スペルではそのまま残されたので、hは長音の印と再解釈された:mhd. zehen /tse.hən/ > nhd. zehn /tseːn/。〉*9

*1:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 171.

*2:田中美輝夫『英語アルファベット発達史』開文社叢書 1970, S. 177.

*3:A. L. Sihler New Comperative Grammear of Greek and Latin, Oxford Univ. Press 1995, S. 414.(389.7)

*4:須澤ほか a. a. O., S. 31.

*5:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 55.

*6:中島文雄『英語発達史 改訂版』岩波全書 1987, S. 99.

*7:Ebenda, S. 114.

*8:Ebenda, S. 128.

*9:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 375.

ドイツ語入門(基数①)

1. eins/ein

基数として独立的に用いられる場合はeinsを用い*1(z. B.: Eins und zwei ist drei.*2)、「一つの」という意味ではeinを使う。〈不定冠詞einは、[…]数詞の「1」から発達したものだが、その後[…]文法化が進み、その機能が「数詞」から「同種のものの任意の一つ」の表示へと拡張した〉*3

英語でもoneとa/anは同根である。
数詞oneの音[wʌn]は、Gmc *ainaz > OE ān [ɑːn] > ME on [ɔːn] > [oːn] > [woːn] > [won] > [wʌn] という過程を経た地域的または社会的方言音が標準音に採り入れられた結果と考えられる。不定冠詞は数詞ānの弱形から派生した。*4〈なお、oneの語末の-eは、nの前の母音が長母音(その後二重母音となり、さらに短母音化)であることを示すために付加されたものである。〉*5

2. zwei

Gmc *twai から英語とドイツ語が分かれている。ドイツ語は高地ドイツ語子音推移によりt > zという変化を受けたのだろう。現在使われているzweiは中性形が起源のようである。
英語のtwoはOEの女・中性形twāからの発達(/twaː/ > /twɔː/ > /twoː/ > /twuː/ > /tuː/)である*6
ところで、英語にもcurtseyやbitsのように[t]+[s]の音連続は現れるが、前者は異なる音節に属し、後者は異なる形態素に属するために通常は破擦音とはみなされない。*7 音韻論的には英語には/ts/音はないわけであり、そのせいで語頭に[ts]が立たない(z. B.: tsunami /sunami/)のだろう。

3. drei

高地ドイツ語子音推移では〈歯音/d/は広い範囲で/t/へ推移した。このままなら新しい子音組織では/d/音が減少することになるが、これは実際にはas.*8 thrîa→ahd. drî(> nhd. drei 3)に見られるような/þ/→/d/の変化によって補われることとなる。〉*9
OEの〈þrēo(中性・女性)は、二重母音ēoがME初期に単母音化してthre [θreː]となり、次にこれが大母音推移により上昇してthree [θriː]となって現在に及んでいる。〉*10

4. vier

英語はGmc *feðwōr > OE fēowor > feōwor > ME foure, fower > ModE fourである。OEでアクセント転換による変形があった。*11
ドイツ語正書法規則の§22(2 Konsonanten)には[f]音は原則としてfと書くとあるが、§26(2.6 Besonderheiten bei [f] und [v])で[f]音をfの代わりにvと書くことがあるとし、vierもその例として挙げてある。

5. fünf

〈他のGmcの諸言語から区別されるOEの音変化の主要なものは次の通りである
[(5項目略)]
Gmc a, i, u+n (f, s, þ) ―― OE ō, ī, ū
[…]
OHG finf(Goth. fimf, ON fimm)――OE fīf(`five')〉*12
Dudenによると、ドイツ語は〈mittelhochdeutsch vünv, vunv, althochdeutsch funf, finf〉(Duden | fünf | Rechtschreibung, Bedeutung, Definition, Herkunft)という変化を経ているので、iがüとなったのは先行する[f]の影響による円唇化であろう。〈円唇化は、硬口蓋化と並ぶ二次調音で、「唇音化」(Labialisierung)とも呼ばれる。通時的には、唇音(Labial)の影響によって引き起こされる音韻変化を指す:mhd. leffel > nhd. Löffel; mhd. wirde > nhd. Würde。〉*13
OE fīfがModE fiveとなった経緯は、こちらの記事(堀田隆一「hellog~英語史ブログ」#1080. なぜ ''five'' の序数詞は ''fifth'' なのか?)に詳しく書かれている。

*1:在間進編『アクセス独和辞典 第3版』三修社 2010, S. 415. „ein“

*2:Ebenda., S. 421f. „eins“

*3:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 93.

*4:宇賀治正朋『英語史』開拓社 2000, S. 187f.

*5:寺澤盾「第1章 古英語」片見彰夫ほか編『英語教師のための英語史』開拓社 2018, S. 15.

*6:寺澤芳雄編『英語語源辞典(縮刷版)』研究社 1999, S. 1476. „two“

*7:J. C. キャットフォード『実践音声学入門』竹林滋ほか訳 大修館書店 2006, S. 141.
ただし、curtseyは神山孝夫『日欧比較音声学入門』(鳳書房 1995)の註40で挙げられていたもの。キャットフォード本ではcatsupだったが、これは音が[tʃ]なので例として不適切な気がする。でも訳注もついてなかったし問題ないのか?
恥ずかしながら、最初見た時にcatsupがケチャップであることが分からなかった。ketchupとは単に書き方が違うだけで、品物としては違わないらしい。(Ketchup vs. catsup: Differences? None at all. (VIDEO))ケチャップだけにtomayto, tomahtoというわけである(これが言いたかっただけ)。

*8:altsächsisch. 古ザクセン語の

*9:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 63

*10:宇賀治 a. a. O., S. 189.

*11:寺澤編 a. a. O., S. 534f. „four“

*12:中島文雄『英語発達史 改訂版』岩波全書 1987, S. 92.

*13:荻野ほか a. a. O., S. 37.

東大2015年前期理系問題2

問題略

文字を書いている途中で文字列の長さがk\,(k < n)となる確率をp_kとする。
k\geq0のとき、文字列の長さがk+1とならないのは、文字列の長さがkとなり、その次にAAと書く場合のみであるから1-p_{k+1}=\dfrac12p_kである。
p_0=1と合わせてこの漸化式を解くと p_k=\dfrac23+\dfrac13\left(-\dfrac12\right)^k
ここでp_{-1}=0であるから、これはk\geq-1で成立する。

(1)
左からn番目がAにならないのは、文字列の長さがn-1となり、その次にAA以外が書かれる場合のみであるから、求める確率は1-p_{n-1}\cdot\dfrac12=p_n=\dfrac23+\dfrac13\left(-\dfrac12\right)^n

(2)
左からn-1番目がAでn番目がBとなるのは、文字列の長さがn-3となり、その次にAA、Bの順に書かれる場合のみであるから、求める確率はp_{n-3}\cdot\dfrac12\cdot\dfrac16=\dfrac1{18}-\dfrac29\left(-\dfrac12\right)^n



文系問題4が類題であり、微妙に設定を変えてあるが問題としてはほぼ同じ。なぜ共通問題にしなかったのかは謎。

ドイツ語入門(母音と子音の読み方)

長母音

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②) - shaitan's blogで書いた長母音化で説明できないパターンとしてTag [taːk]があるが、〈Tag(< tac)が閉音節にもかかわらず長音[aː]になっているのは、Ta-ge(< ta-ge)からの類推による〉*1 らしい。gut [ɡuːt]の長母音は新高ドイツ語単母音化 uo>u [uː]によるものである。*2

ie [iː] は新高ドイツ語単母音化 ie>ie [iː]でスペルがそのまま残ったため、eが長音の印と再解釈された。*3 新高ドイツ語単母音化は上述のuoに加え、üe [üː] > ü [üː] もあるのだが、スペルが保存されているのはieだけである。長母音化で音が合流した結果、どちらかの表記だけが生き残った、ということだろうか?

二重母音

二重母音で特殊な読み方をするものにei [ai]とeu/äu [oi] がある。
これは低舌母音化ei [ei], öu [öu] > ei [ai], äu [oi]起源のものと、二重母音化 î [iː], iu [üː] > ei [ai], eu/äu [oi]起源のものがある。*4
ところで、このblogでは通時的変化等を書く際に過去の綴字が固定されているかのように書いているが、実際はそうではない。例えば[oi]という音は〈初期新高ドイツ語の表記ではew, euw, äu, öe, eü, euw, äw, öw, öuwなどの異種が存在したが、1700年頃には現在のドイツ語のように、ほぼeu, äuに限定された。[…]このような表記異種の限定は、テキストジャンルに関係なく、印刷物の表記方法全般にわたって見られる現象であることから、これらの変化は印刷所、活字師、校正師らによって担われたプロセスであると考えられる。〉*5

子音

-b, -d, -g

語末・音節末のb, d, gはそれぞれ[p], [t], [k]と読む。
〈語末音硬化とは、ドイツ語やオランダ語で見られる語末・音節末における[…]有声阻害音(閉鎖音・摩擦音)の無声化の現象をいう[…]ドイツ語史においては、古高ドイツ語から中高ドイツ語にかけて、[…]語末および[…]音節末において b, d, g, v の無声化が生じた〉*6。〈ドイツ語では表記上の区別はない[…]音節境界が変わって音節初頭音に現れると、有声音に戻る。[…]ただし、ドイツ語では音節境界と形態素境界が一致しないときには、無声化しない。作曲家のWagner[…]は、Wagen「車」+ -er「~人」、つまり、「車大工」の意味から転じたので、音節境界Wag-nerと形態素境界Wagn-erが一致しないためである。これは、形態論が関係する音韻規則の一例である。〉*7

-ig

〈語末-igは[iç]〉*8。これはよく分からなかった。

ng

〈ngは英語のように[ŋ]〉*9 であるが、この音素の成立は初期新高ドイツ語になってからである。*10

ch

〈chは先行音に同化し、中舌・後舌母音a, u, auの後で上あごの奥の軟口蓋を強く摩擦する[ハ x]、それ以外は前寄りの硬口蓋摩擦音[ヒ ç]が原則である。[…] ch [ハ x] は、おもにkに由来する。ch [ヒ ç] は後代の発達で〉*11 ある。後舌母音であるoが書かれていない(同書S. 194には〈ch[ハ x](a, o, u, auの直後で)〉とある)が、脱字であろう。
また、〈chのあとにsがつくと、前の字が何であろうと[ks]となります。〉*12

qu

quは[kv]である。初期新高ドイツ語では〈語頭のtw-は、上部ドイツ語圏を中心としたz[ts]と、東中部ドイツ語圏を中心としたkもしくはq[k]に変化した。その際、w[w]も[v]の音に変わった。〉*13

s, sch, sp, st

〈sのあとに母音がくる時は[z]〉*14であるが、これは〈中高ドイツ語のsは、母音の前の語頭で、さらに語中の母音間あるいはl, r, m,n と母音の間で、[…]有声の[z]になった〉*15 ことの帰結であろう。
さらに、〈中高ドイツ語のsは、子音の前の語頭において、本来の歯擦音的傾向を強め[ʃ]音に変化し、16世紀以降、広くschと表記されるようになった。[…]しかし、pとtの前では、[…]schの表記は定着しなかった。〉*16 schは[ʃ]であり、sp, st で始まる場合はそれぞれ[ʃp], [ʃt]音を表す。

v, w

〈vとfの文字はたいてい無声音の[フ f]を表す。これは[ヴ v]に発達したwとの住み分けの結果、vが無声音[フ f]として定着したことによる。〉*17

*1:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 344.

*2:Ebenda., S. 344.

*3:Ebenda., S. 375.

*4:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 165.

*5:Ebenda., S. 229.

*6:荻野ほか a. a. O., S. 47

*7:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 187.

*8:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 20.

*9:Ebenda., S.21

*10:荻野ほか a. a. O., S. 280

*11:清水 a. a. O., S. 186.

*12:滝田 a. a. O., S. 22.

*13:須澤ほか a. a. O., S. 171.

*14:滝田 a. a. O., S. 23.

*15:須澤ほか a. a. O., S. 170.

*16:Ebenda, S. 170f.

*17:清水 a. a. O., S. 191

ドイツ語入門(語句の大文字書き)

『本気で学ぶドイツ語』では〈ドイツ語の発音の3原則〉についての説明の中、〈名詞は文中でも大文字で書きます。〉という一文が唐突に出てくる*1 のでちょっと面白い。「語頭を」と明示的に書いていないのはやや不親切な気もする。
〈ドイツ語は一部の北フリジア語方言とルクセンブルク*2とともに、名詞の頭文字を大文字書きする特異な正書法を採用している。J. グリムが、18世紀に確立したこの習慣を不合理として、『ドイツ語辞典』で破棄した事実は有名だが、21世紀初頭の正書法改革は、かえって助長した観がある。〉*3 〈「新正書法」では、…[略]…名詞かどうかの判断基準を…[略]…形式的なものに改めたため、全体として、今までよりずっと多くの名詞化形を大文字書きするようになる。〉*4正書法における語句の大文字書き規則は 2 Anwendung von Groß- oder Kleinschreibung bei bestimmten Wörtern und Wortgruppen の通り。
〈名詞頭文字の大文字書きは、1500年頃から始まり、1700年代の中頃に定着したと思われるが、それは「固有名詞>神聖な名称(HERR, Gott)>人を表す普通名詞>具体名詞>抽象名詞」の順で広まっていった。…[略]…名詞の大文字書きは、…[略]…名詞を「主要品詞」(Hauptwort)として明示する役割の他に、名詞枠を閉じる要素である名詞を視覚的に協調する働きもあったと思われる。〉*5 また、〈ゴシック文字は…[略]…ラテン文字アンティクヴァと比べると文字の見分けが困難なため、名詞が大文字で書かれたということが考えられる。〉*6という説もある。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15f.

*2:ドイツ語方言ではなく「ルクセンブルク語」がある、というのは多分に政治的な問題らしい(田中 克彦『ことばと国家』岩波新書 1981)。これ以外のドイツ国外で使用されている標準ドイツ語に近いことばについても調べると面白そうである。

*3:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 179.

*4:在間進編『ドイツ語「新正書法」ガイドブック』三修社 1997, S.17.

*5:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 374f.

*6:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 230.

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②)

前回示した『本気で学ぶドイツ語』の〈ドイツ語の発音の3原則〉*1 の3番目、母音の長短と表記の関係について見ていきたい。

アリストテレスによれば、〈字にされて書き綴られるものは、発声されて言葉となっているものを…[略]…しきたりに従ってぴったりとあらわすものなのである。〉*2 とのことだが、正書法規則はこの「しきたり」を引き継ぎつつ、変更を加えたものだといえよう。
正書法規則でも言及されているように、強勢のある語幹母音(外来語の場合、強勢のある語尾も同様)は異なる2子音が後続する場合は原則として(in der Regel)短母音であり、子音が後続しない場合は原則として長母音である*3 らしい。これは長母音化(Dehnung)と短母音化(Kürzung)が原因だろうか。ドイツ語の場合、長母音化はr+歯音の前、強勢のある開音節、鳴音で終わる単音節語で観察され、短母音化は閉音節、複数子音ならびにƷで終わる単音節語といった場合がある*4 とのことなので、おおよそはこれで説明できそうに思われる。
このようなドイツ語の規則がある関係で、正書法規則としては母音の長短は子音が1つだけ後続する場合について細かく書かれている。
§2は「強勢のある語幹の短母音に子音が1つだけ後続する場合、子音文字を重ねて短母音であることを表示する」である。これは長子音化と(直接ではないだろうが)関係ありそうな気がするがどうだろう。〈長子音化は、短子音が長子音…[略]…に変化する現象をいい、…[略]…ドイツ語において…[略]…短・長母音の後でそれぞれ長・短子音が現れる。〉*5
ところで、この規則については複数の文字を組み合わせて表す子音([ç], [x] < ch >; [ŋ] < ng >; [ʃ] < sch > )*6の場合はどうするのかよく分からない。< ch > については先行する母音は長い場合も短い場合もあり、語によって決まっている*7 らしいが、< ng >や< sch >についても、『本気』には「ドイツ語の発音の3原則」の例外とは書かれていなかったので bringen や Tasche のように短母音でも文字を重ねないと考えて良いのだろうか。
§3は§2の例外で「k, zは重ねる代わりにck, tzと書く」である(外来語は例外)。§2,3による子音字の重複は派生などによって強勢位置が変化しても「普通は(üblicherweise)」変わらない。これは正書法において綴りと意味を対応させるためであろう。*8
また、長母音を表示する方法としてhを後置するというものがあり、§6「短母音が後続する、もしくは変化語尾により短母音が後続することがある場合」や§8「鼻音や流音が後続する多くの場合」それぞれ長母音を表す文字にhを後置する。なお、hが長音記号として使用されるのは、〈hの前の強勢のある開音節…[略]…で長音化(Dehnung)が生じ、かつhは無音となったが、スペルではそのまま残されたので、hは長音の印と再解釈された〉*9 のが理由である。
他にも規則はあるのだが、例外の起こりやすいケースを列挙しているといった感じのものが多い。例外は外来語や単音節語などによく見られるようだ。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:アリストテレス「命題論」水野有庸訳『アリストテレス 世界古典文学全集 第16巻』筑摩書房 1966, S. 208. (16a)

*3:Deutsche Rechtschreibung, 1.2 Besondere Kennzeichnung der kurzen Vokale

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 45.

*5:Ebenda., S. 45.

*6:Deutsche Rechtschreibung, 2 Konsonanten

*7:滝田 a. a. O., S. 21.

*8:Deutsche Rechtschreibung, 2.2 Die Beziehung zwischen Schreibung und Bedeutung

*9:荻野ほか a. a. O., S. 375.

ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則①)

ドイツ語のお勉強は『本気で学ぶドイツ語』に沿って進めていこうかと思う。それによると、いずれの原則にも若干の例外はあるとしながらも、〈ドイツ語の発音の3原則〉として以下の3項目が挙げてある。*1

  1. ローマ字読み
  2. アクセントは第1音節(例外:外来語、アクセントのない前つづりのついている語など)
  3. アクセントのある母音のあとに子音が1つしかなければ長母音、それ以外は短母音(例外:chの前の母音など)

〈英語は…[略]…発音と正書法が極度に一致せず、アクセントの位置も、規則は存在するが、複雑で例外が多く、予測しがたい。…[略]…個々の語が独自のつづりを示すので、漢字に似て、単語の数ほど文字があるようなわずらわしさがつきまとう。〉*2 しかし、ドイツ語ではそのようなことはないらしい。*3

語頭アクセント

ゲルマン祖語において紀元前500年頃、「自由高低アクセント」(musikalischer Akzent)の「強さアクセント」(dynamischer Akzent)への移行とそれに伴うアクセントの語頭音節への固定化が起こった。*4〈この第一音節へのアクセント固定化は、Ántwort(答)> ántworten(答える)や Úrteil(判断)> úrtelisen(判断する)などのように接頭辞を添加した複合名詞およびそれからの派生語でも見られる。このことは、ゲルマン語のアクセント固定化が生じたときには、これらの複合名詞における接頭辞と基礎名詞がすでに強固に結びついていたことを示している。これに対して、erkénnen(認識する)> Erkénntnis(認識)やentstéhen(発生する)> Entstéhung(発生)のように、接頭辞を伴った複合動詞およびそれからの派生語では、アクセントは第一音節の接頭辞にはない。〉*5
〈アクセントの位置は、ゲルマン語・古高ドイツ語では、a)名詞では第一音節(ahd.bot (Gebot))、b)動詞では語幹(ahd. begán (begehen))が原則であった。しかしその後、規則の組み換えが生じ、現代ドイツ語では次のようになっている: a)接頭辞が完全母音を含む場合は、名詞・動詞とも第一音節(Úrlaub, áufstehen)、b)不完全母音の場合は語幹(Begríff, verstéhen)である。〉*6
まるまる引用したものの、完全/不完全母音の意味はよく分かっていない。full/reduced vowelってこと?

母音の長短

アメリカ英語では、長さのみによる母音の区別は事実上ないに等しい。短母音に分類されている母音もそれぞれで長さに違いがあり、殊に/æ/は長い。また、英語の母音に共通する特徴として、無声子音が後続する場合には、有声子音が後続する場合や語末の場合よりも長さが短くなる (pre-fortis) clipping(定訳なし)という現象がある。このため、有声子音の前の短母音は無声子音の前の長母音と同じくらいの長さかむしろ長めにさえなる。また、母音の長さはアクセントの程度によってさらに大きく変動する。〉*7
これに対し、〈ドイツ語の母音の長短は英語の場合よりも日本語の母音の長短(すなわち1拍と2拍)に似ていると考えられ、…[略]…日本人としては、[ː]の付いたドイツ語の長い母音は2拍のつもりで、短い母音は一拍[ママ]のつもりで発音することができ〉*8 るとのこと。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 140.

*3:〈Die [regelgeleitete] Zuordnung von Lauten und Buchstaben soll es ermöglichen, jedes geschriebene Wort zu lesen und jedes gehörte Wort zu schreiben.〉(Deutsche Rechtschreibung, Vorwort 2 Grundlagen der deutschen Rechtschreibung

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 184.

*5:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 33.

*6:荻野ほか a. a. O., S. 426.

*7:牧野武彦『日本人のための英語音声学レッスン』大修館書店 2005, S. 37f.

*8:神山孝夫『日欧比較音声学入門』鳳書房 1995, S. 240.