shaitan's blog

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ドイツ語入門(ドイツ語の発音の3原則②)

前回示した『本気で学ぶドイツ語』の〈ドイツ語の発音の3原則〉*1 の3番目、母音の長短と表記の関係について見ていきたい。

アリストテレスによれば、〈字にされて書き綴られるものは、発声されて言葉となっているものを…[略]…しきたりに従ってぴったりとあらわすものなのである。〉*2 とのことだが、正書法規則はこの「しきたり」を引き継ぎつつ、変更を加えたものだといえよう。
正書法規則でも言及されているように、強勢のある語幹母音(外来語の場合、強勢のある語尾も同様)は異なる2子音が後続する場合は原則として(in der Regel)短母音であり、子音が後続しない場合は原則として長母音である*3 らしい。これは長母音化(Dehnung)と短母音化(Kürzung)が原因だろうか。ドイツ語の場合、長母音化はr+歯音の前、強勢のある開音節、鳴音で終わる単音節語で観察され、短母音化は閉音節、複数子音ならびにƷで終わる単音節語といった場合がある*4 とのことなので、おおよそはこれで説明できそうに思われる。
このようなドイツ語の規則がある関係で、正書法規則としては母音の長短は子音が1つだけ後続する場合について細かく書かれている。
§2は「強勢のある語幹の短母音に子音が1つだけ後続する場合、子音文字を重ねて短母音であることを表示する」である。これは長子音化と(直接ではないだろうが)関係ありそうな気がするがどうだろう。〈長子音化は、短子音が長子音…[略]…に変化する現象をいい、…[略]…ドイツ語において…[略]…短・長母音の後でそれぞれ長・短子音が現れる。〉*5
ところで、この規則については複数の文字を組み合わせて表す子音([ç], [x] < ch >; [ŋ] < ng >; [ʃ] < sch > )*6の場合はどうするのかよく分からない。< ch > については先行する母音は長い場合も短い場合もあり、語によって決まっている*7 らしいが、< ng >や< sch >についても、『本気』には「ドイツ語の発音の3原則」の例外とは書かれていなかったので bringen や Tasche のように短母音でも文字を重ねないと考えて良いのだろうか。
§3は§2の例外で「k, zは重ねる代わりにck, tzと書く」である(外来語は例外)。§2,3による子音字の重複は派生などによって強勢位置が変化しても「普通は(üblicherweise)」変わらない。これは正書法において綴りと意味を対応させるためであろう。*8
また、長母音を表示する方法としてhを後置するというものがあり、§6「短母音が後続する、もしくは変化語尾により短母音が後続することがある場合」や§8「鼻音や流音が後続する多くの場合」それぞれ長母音を表す文字にhを後置する。なお、hが長音記号として使用されるのは、〈hの前の強勢のある開音節…[略]…で長音化(Dehnung)が生じ、かつhは無音となったが、スペルではそのまま残されたので、hは長音の印と再解釈された〉*9 のが理由である。
他にも規則はあるのだが、例外の起こりやすいケースを列挙しているといった感じのものが多い。例外は外来語や単音節語などによく見られるようだ。

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:アリストテレス「命題論」水野有庸訳『アリストテレス 世界古典文学全集 第16巻』筑摩書房 1966, S. 208. (16a)

*3:Deutsche Rechtschreibung, 1.2 Besondere Kennzeichnung der kurzen Vokale

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 45.

*5:Ebenda., S. 45.

*6:Deutsche Rechtschreibung, 2 Konsonanten

*7:滝田 a. a. O., S. 21.

*8:Deutsche Rechtschreibung, 2.2 Die Beziehung zwischen Schreibung und Bedeutung

*9:荻野ほか a. a. O., S. 375.