shaitan's blog

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朝鮮語の数詞(漢字語)

数詞には漢字語数詞と固有語数詞があり、つく助数詞が異なる。本記事は漢字語数詞についてのメモである。

一、일

中古音 ・iĕt
呉音 イチ 漢音 イツ *1
入声韻尾の-tに対応する日本漢字音は、呉音では前より母音の後で「チ」、後より母音の後で「ツ」であったが、時代が下るにつれ「ツ」に統一された。漢音では先行母音によらず「ツ」である。*2

入聲の韻尾ptkは、現代支那北音では一般に消失して居り、ただ南京官話や山西諸方言がその位置に聲門の閉鎖を持つてゐるのみである。唐朝後半期の西北支那方言に於ける入聲韻尾は、當時の吐蕃人によつてbrgと轉寫されてゐる。但し、その中比較的古い時代の材料では、舌中入聲の韻尾をdで寫してゐる。…現代南支那方言に於ける入聲韻尾のptkの發音法などから考へて見るに、その[=入聲韻尾の弱化の]過程は大體
p→b――→ʔ―消失
t→d→r→ʔ―消失
k→g――→ʔ―消失
のやうなものであつたらうと想像される。但し、ptkbdgʔは、いづれも破裂の無い音、bdgは多分弱いunvoiced mediae, rはon-glideだけのsemi-rolled rである。いづれもごく微弱に發音されたものと思ふ。さて、朝鮮音では、入聲韻尾はplkであるが、これは恐らく上のbrgの段階を模倣したものであらう。

「漢字の朝鮮音について」*3

普通話では yī であり*4、語尾は消失している。上海語ではyîk [iɪʔ]*5となっており声門閉鎖。広東語ではyat1 [jat̚]*6台湾語ではit [it̚]*7で、これらはいずれも内破音のようである。ベトナム語の漢数字としてはnhấtであり*8、発音はハノイで[ɲət̚˧˦]、ホーチミンで [ɲək̚˦˥]らしい*9。また、タイ語、ラーオ語にも1を意味する語*10としてそれぞれ เอ็ด /ʔet̚˨˩/ *11、ເອັດ /ʔét/ *12 があり、これらも内破音のtを持つ*13。〈漢タイ語は古漢語との共通語彙で、タイ祖語にまで遡り、借用語とするならば相当古くからの種々の段階での借用と思われる。…広く日常語に及び、タイ人の意識の上ではとくに借用語とは意識されない。〉*14

二、이

上古 *nier → 三国六朝 nii → 唐 rɪi *15
呉音 ニ 漢音 ジ
〈いわゆる呉音の「ニ…」などは上古音声音のなごりだと考えてよい。〉*16〈唐都長安では、濁音が清音化したため、b・d・g が音系の中の空き間となった。そこで従来の鼻音が全濁音に近づき、m→mb、n→nd、ŋ→ŋgの変化を起こして、この空き間を埋めることとなった。〉*17 この〈非鼻音化の現象に伴って、…[日母の]ni- の所が ři- に変った。この ři の発音は、じつはそり舌音の要素を含むが、日本人にはジ…のように聞こえた。そこで…漢音式の発音が生じたのであった。〉*18〈これは、唐代長安音中の自然な変化ではなく、基層の言語の特徴が表面化したものであろうという。〉*19
〈朝鮮字音の日母は…中部方言ではㅿ z- で表記されるものであったが、朝鮮語の音素zの衰滅に従って消滅し、ㅇ '- で記される様になった。その中間の過程では…表面はㅿを掲げているが、事実はすでに消滅した過程を通ったと考えられる。〉*20
普通話ではèrであり大きく音を変えているが、広東語 yi6 [ji]、上海語 ní [ni]、台湾語 jī [dʒi] はそれぞれ朝鮮漢字音、呉音、漢音に似ているのがなんか面白い*21

三、삼

中古音 sam
呉音・漢音 サン(サム)
〈日本におけるm撥音とn撥音の区別[は]…十二世紀頃から乱れ始め、十三世紀にはまったく失われてしまった〉*22 が、〈-m, -n は古くそれぞれ独立した拍として受け止められた。…「三位一体」とか人名「三郎」とかの、「三位=サン」とか「三=サ」などには -m の痕跡が残されている。〉*23「三位一体」自体はtrinityの訳語で、「正/従三位」などと違って少なくとも日本においては新しい言葉であると思われる(精選日国では中村正直によるJ. S. ミル "On Liberty"の翻訳『自由之理』における用例が挙げられている。)が、どうして連声を起こしているのだろうか?

四、사

中古音 sii
呉音・漢音 シ
〈止摂…の開口歯頭音の場合…これは後世でvoyelle apicaleの -ɿ で示されるもので、朝鮮音では規則的に -ɐ で対応する。〉*24 つまり、四はᄉᆞとなる。近代には〈‘ᆞ’は第1音節で‘ㅏ’と…同一の音価を表すものと認識された。〉*25 その結果、現在の正書法では사となっている。

五、오

中古音 ŋo
呉音・漢音 ゴ
〈疑母は規則的にその頭音 ng- を落し、ㅇ '- で示される。朝鮮語では ng- は語頭には立たない。〉*26

六、육/륙

中古音 lɪuk
呉音 ロク 漢音 リク
〈韓国語には、いわゆる「頭音法則」といい、「語頭に特定の音を分布させない」という規則がある…。語頭に来られない最も代表的な音はㄹ l である。…漢字語のような外来語を受け入れるときには、この規則を徹底して適用し、ㄹ l をㄴ n に置き換えたり、脱落させたりした。すなわちㄹの後に[i]や半母音[j]が来るときにはㄹを脱落させ、それ以外の母音が来るときにはㄴに変えるのである。〉*27

七、칠

中古音 ts‘iĕt
呉音 シチ 漢音 シツ
〈清母はㅊ ​c‘- を主として、ㅈ c- の現れることもある。〉*28 韻尾については一と同じ。

八、팔

中古音 puʌt
呉音 ハチ 漢音 ハツ
朝鮮漢字音で〈唇音字音の現れる音節[は]…40の場合があるが、その中の7だけㅂ p- とㅍ p‘- の双方が現れている外、他の33の場合はㅂ p- とㅍ p‘- のいずれかに偏している。…その偏りには何ら規則性が認められない。…ㅂ p- とㅍ p‘- が対立する7の場合について見ると、…발が主で팔は…八及び八声の字のみである。…八が何故ㅍ p‘- を示すのか不明である。〉*29

九、구

中古音 kɪəu
呉音 ク 漢音 キュウ(キウ)
〈介母(M)[は]…きわめて簡単になった。中古漢語には…六種の区別があるが、日本字音では、これを -∅-, -j-, -w- の三つの型で受け止めている。そのうち、原音の -i̯-, -̯ï- は、主母音を前舌の i, e で写す場合以外、原則的に拗音(-j-)のかたちで取り入れられたが、呉音系の字音では歯頭音や半舌音で -i̯- を脱落させることが多く、… -̯ï- にいたっては、牙喉音を中心にいっそうその傾向が強い。…漢音系の字音は比較的よく拗音を保存している〉*30
韻尾の〈-u は母音であるため、主要母音(V)と合体して明確を欠くことがある。殊に朝鮮語は元来、中国語の様に二重母音や三重母音を豊富に持つ言語ではなく、むしろそれとは逆の短母音化の傾向が強い言葉であるから、その合体は著しい。…流摂では…尤韻の -̯ïəu は -u、-i̯əu は -yu…となる。〉*31

十、십

中古音 ʒɪəp
呉音 ジュウ(ジフ) 漢音 シュウ(シフ) 慣用音 ジッ
日本漢字音で〈唇内入声 -p に…「フ」の仮名しか用いられないのは、両方の唇を閉じて発音される -p が、母音の中では、やはり上下の唇を最も近づけて発音する u と特になじみやすい関係にあり、そのため、すべて -pu > -Φu のようなかたちで受け取られてしまったからである。…唇内入声字の多くは、平安時代に固有の日本語の第二音節以下で起った Φu>u の変化を反映して…「―ウ」と書かれるようになって、韻尾 -u および -ŋ を持つ諸字との識別を失ったが、あとに無声の子音が続く場合には促音化を起こしやす〉*32い。

*1:藤堂明保、加納喜光[編]『新漢和大字典』学習研究社 1978.
以下、中古音、呉音および漢音は本書の字書本文による。

*2:中田祝夫『日本語の世界4 日本の漢字』中央公論社 1982, pp. 329ff.

*3:有坂秀世「漢字の朝鮮音について」『國語音韻史の硏究』增補新版 三省堂 1957, pp. 305f.
〈本稿に引く所の唐代の吐蕃人がその文字を以て支那語を寫した例は、羅常培氏著「唐五代西北方音」からの再引用であ〉る。(p. 311.)

*4:宮田一郎[編訳]『新華字典 第10版 日本語版』光生館 2005.

*5:榎本英雄、范晓『ニューエクスプレスプラス 上海語白水社 2020, pp. 16, 38.

*6:飯田真紀『ニューエクスプレスプラス 広東語』白水社 2019, pp. 13, 16, 18, 34.

*7:村上嘉英『ニューエクスプレスプラス 台湾語白水社 2019, pp. 13, 19, 37.
itは文語音である。(p. 63)

*8:川口健一「ベトナム語東京外国語大学語学研究所[編]『世界の言語ガイドブック2 (アジア・アフリカ地域)』三省堂 1998, p. 307.

*9:nhất - Wiktionary

*10:単独では使われず、「21」の「1」などで使われる。

*11:เอ็ด - Wiktionary

*12:ເອັດ - Wiktionary

*13:〈日本語で「まったく(mattaku)」と言うとき、「mat」のところで止めたときのtの音です。舌の先が上の歯の裏側につき、息を止めたときに出る音です。〉(スニサー・ウィッタヤーパンヤーノン『パッと使える タイ語の日常単語帳4500』KADOKAWA 2014, p. 10.)
〈「バッタ」の「ッ」で止めます〉(鈴木玲子『ニューエクスプレスプラス ラオス語』白水社 2019, p.16.)

*14:三谷恭之「タイ語東京外国語大学語学研究所[編] op. cit., p. 103.

*15:藤堂明保「中国の文字とことば」藤堂ほか[編] op. cit., p. 2146.

*16:藤堂 loc. cit.

*17:Ibid., p. 2126.

*18:Ibid., p. 2129.

*19:中田 op. cit., p. 302.

*20:河野六郎「朝鮮漢字音の研究」『河野六郎著作集 第2巻』平凡社 1979, p. 383.

*21:よく分からないので「なんか面白い」としか言えない。

*22:沖森卓也『日本語全史』ちくま新書 2017, p. 200.

*23:中田 op. cit., pp. 322f.

*24:河野 op. cit., p. 479.

*25:金東昭『韓国語変遷史』栗田英二[訳] 明石書店 2003, p. 318n.

*26:河野 op. cit., p. 358.

*27:李翊燮、李相億、蔡琬『韓国語概説』梅田博之[監修]、前田真彦[訳] 大修館書店 2004, p. 82.

*28:河野 op. cit., p. 389.

*29:Ibid., pp. 409-411.

*30:中田 op. cit., p. 350.

*31:河野 op. cit., pp. 441.

*32:中田 op. cit., pp. 327f.