shaitan's blog

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第1章②-11【ポリス社会の変容】

ペルシア

ペルシア王の主導で前386年にアンタルキダス条約(大王の和約)が結ばれた。この条約はペルシア王のアナトリア領有権を認めるかわりにギリシア各国に独立自治を保障するというもので、

『詳説世界史研究』p. 44

〈ペルシアの対ギリシア政策には、二つの一貫した基本方針があった。第一に、小アジアギリシア諸都市を支配下に収めること、第二に、資金提供によってギリシアのポリス間の戦争を助長して分裂抗争を促し、ペルシアにとって脅威となるギリシア勢力の統一を防ぐことである。〉*1 この大王の和約により、〈第一の基本方針が達成され、さらに、全ギリシア都市の自治の保証によって反ペルシア連合の形成が未然に防がれることになり、ペルシアの第二の方針もここに実現を見たのである。〉*2普遍平和コイネ・エイレネ」の名で呼ばれるこの和約でギリシアに平和が訪れたかというとそうでもなく、

つねに背後でペルシアがギリシア人同士を互いに争うように仕向けたので、これら有力ポリス[=スパルタ、テーベ、アテネ]間の争いはおさまらなかった。

『詳説世界史研究』p. 44

ペルシアは基本的にはポリス間の抗争を煽っているのだが、必ずしも煽ってばかりではない。〈ギリシア人傭兵に大いに依存するペルシアは、時として、多数の傭兵の確保を狙ってギリシア世界における和平を画策することもあった。ギリシアが平和になれば、傭兵たちは「職」を失い、外国に雇われざるをえなくなるからである。「大王の和約」を更新する形で前375年に結ばれた和約は、前379年以来のスパルタとアテネ・テーベの争いをいったん終結させたが、この和約の締結を働きかけたのは、二度目のエジプト遠征を企図するペルシア王アルタクセルクセス二世だった。〉*3 このとき、ペルシア軍だけでなくエジプト軍もギリシア人傭兵に依存しており、ギリシア人同士が敵味方に分かれて戦っていたという。*4
〈大国ペルシアは[…]陰の主役としてギリシア世界の国際関係を陰に陽に牛耳ってい〉*5た訳であるが、ペルシア戦争アレクサンドロスの東征に挟まれた期間はペルシア側に立った記述は『詳説世界史研究』では

宮廷の内紛や知事の反乱があいつぎ、帝国は次第に弱体化し、

『詳説世界史研究』p. 28.

だけしかない。『詳説世界史研究』の構成は高校教科書『詳説世界史』に準拠している*6のだが、こちらに至っては、〈前5世紀前半にギリシアとたたかって敗れ(ペルシア戦争)、ついに前330年アレクサンドロス大王によって征服された。〉*7となっており記述すらない。東京書籍の『世界史B』では〈サトラップたちの反乱やエジプトの離反に悩まされた。前4世紀には勢力もおとろえ〉*8と、エジプトの離反について明示的に言及があり、手持ちの教科書の中では一番詳しい。この部分だけを読むと、ペルシア戦争後はペルシアは衰退する一方で往時の繁栄は見る影もないかのようであるが、実際には上で見たようにギリシア世界にも隠然たる影響力を及ぼし続けていたのである。このあたりをはっきり書いてある教科書の記述としては、『新世界史』の〈ギリシア遠征(ペルシア戦争)には失敗したものの、アカイメネス朝は地中海沿岸諸地域にも長く影響を及ぼしつづけた〉*9や『新詳世界史B』のコラムでの〈軍事的な敗北にもかかわらずペルシアは余力を残し、その後も亡命者を受け入れるなど政略によってギリシアに介入し続けた〉*10がある。ただ、ペルシアから見ればギリシアは一地方に過ぎないことを考えると、ギリシアへの影響ばかりを大きく扱うのも、やはりギリシア中心史観という印象は拭えない。

ポリス社会の変容

絶え間ない戦争の間に、ポリスでは土地を失って市民の身分から転落する者が増え始めた。[…]やがてギリシア諸都市では市民軍にかわって金で雇われて働く傭兵が流行するようになると、戦士共同体の原則が揺らぎ、市民団の団結は失われ、ポリス社会は変容し始めた。

『詳説世界史研究』p. 44

ペロポネソス戦争後市民たちが土地を失って没落した結果、ポリス社会は衰退した、とかつては説明されていた。しかし少なくともアテナイでは、市民戦士である中小農民層が没落したという現象は確認されない。[…]前338年にカイロネイアの戦いでマケドニア軍と戦ったギリシア軍兵士の大多数は、市民戦士であった。ほとんどのギリシア人にとってなお社会生活の基盤はポリスにあり、民会など独自の意思決定機関によって自治を運営していくという生活様式は、この後もローマ時代にいたるまで長く続いたのである。〉*11

*1:澤田典子『アテネ民主政』講談社選書メチエ 2010, p. 178.

*2:Ibid., p. 190.

*3:Ibid., p. 195.

*4:森谷公俊『アレクサンドロスの征服と神話』講談社 2007, p. 59.

*5:澤田 op. cit., p. 178.

*6:『詳説世界史研究』p. 3.「まえがき」

*7:木村靖二ほか『詳説世界史 改訂版』(世B310)山川出版社 2016, p. 24.

*8:福井憲彦ほか『世界史B』(世B308)東京書籍 2016, p. 38.

*9:岸本美緒ほか『新世界史 改訂版』(世B313)山川出版社 2017, p. 27.

*10:川北稔ほか『新詳 世界史B』(世B312)帝国書院 2017, p. 19

*11:橋場弦「第1章第2節 ギリシア・ポリス世界の繁栄」服部良久・南川高志・山辺規子[編著]『大学で学ぶ西洋史[古代・中世]』ミネルヴァ書房 2006, pp. 35f.