shaitan's blog

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ドイツ語入門(アルファベット①)

『詳説世界史研究』を読むにあたり資料として „Putzger Historischer Weltatlas Erweiterte Ausgabe 104. Aufl.“ を入手した。地図なのでドイツ語がダメでもなんとなくは分かるのだが、せっかくなので少しかじってみる。

英語とドイツ語は似ているらしい。OEDの編纂者として知られる H. ブラッドリも〈英国人がドイツ語を習い始めると、誰でも、ドイツ語が母国語にあまり似ているのにまず驚くに違いない。〉*1と言っている。私は英国人ではないが英語を学んだり使ったりしてるのだから、それを利用してドイツ語に入門したい。まずは共通するアルファベットから。*2
ただし、ラテンアルファベットが入ってきたのはこれらの言語が分かれた後のことであり、似ているとしても両者がともに西ゲルマン語群に属するからという訳ではない。*3

ラテンアルファベットの名称は音価によるものである。母音(A, E, I, O, U)は音価がそのまま名称になっている。継続音(F, L, M, N, R, S)はeが先行し、破裂音(B, C, D, G, P, T)はeが後続する。〈継続音を発音する際には発声器官は完全には閉鎖されず、気息が漏れ、従って、子音が聞かれる前に母音が無意識的に作られる。…[略]…破裂音の場合には閉鎖は完全であり、そして解放が行われる時、意識的な努力なくして母音が作られる。…[略]…この場合、最も容易な母音は中性的なeである。〉*4 〈なお、一連の軟口蓋破裂音記号C, K, Qは、南エトルリア語では前7世紀あるいはその後まで、用法に一定の相違があった。この相違は、むしろCE, KA, QU…[略]…のように、後続母音によるものであった。…[略]…ラテン・アルファベットにおけるこれらの文字の名 ce, ka, qu…[略]…はエトルリア名に由来したにちがいないことは疑う余地がない。〉*5 ここに挙げていない文字や特に注意が必要な文字に関しては後述する。

英語とドイツ語のアルファベットの名称における系統的な違いの原因として、英語において起こった大母音推移が挙げられる。〈大母音推移はuを除く母音文字の呼び方を変えた。a, e, i, o はOE以来おそくともLME当時まで、それぞれ、[a(ː)], [e(ː)], [i(ː)], [o(ː)]と発音されていたであろうが、大母音推移の結果、長音をもつ強形は[ei], [iː], [ai], [ou]と発音されるようになり、この発音がそのままこれらの母音文字の呼び名になった。〉*6これらの長母音をもつ子音名も同様の変化を蒙った。
また、〈ドイツ語では…[略]…語頭の母音の前と…[略]…母音で始まる意味を持つ単位(形態素 morpheme)の前に[ʔ]を発音するのが標準的〉*7であるため、母音で始まる名称の場合は声門閉鎖音[ʔ]が発音される点が英語とは異なる。ただし、これはドイツ語においては弁別的ではなく、音素ではなく異音である。

C
  • engl.*8 c [siː]
  • nhd.*9 c [tseː]

ラテン語の c [k]はほとんどのロマンス語では前母音の前で口蓋化し、フランス語では[ke]>[tse]>[tʃe]>[se]といった変化を辿った*10。英語の[s]はフランス語由来である*11。ドイツ語では[ts]の段階でとどまっている。*12

G
  • engl. g [dʒiː]
  • nhd. g [ɡeː]

これもcと同様に、フランス語で[ge]>[dʒe]>[ʒe](語頭の場合)という変化を蒙っている。ただ、[dʒ]>[ʒ]の変化は[tʃ]>[s]と同時期らしい*13ので、英語の音に関して単にcと同じであるというだけでは済ませられないような気がする。

H
  • engl. h [eɪtʃ]
  • nhd. h [haː]

〈Hの呼び名は古典期ラテン語では表音的にhaであった。後期ラテン語になると、haはaha, ahha, accha となった…[略]…。この文字のイギリス名ME ache (< OF) は、英語における一般の音変化に従ってModEでは[eɪtʃ]と発音されるようになった。…[略]…ドイツ語は今なお表音的名称ha [haː]を保存している。〉*14

J
  • engl. j [dʒeɪ]
  • nhd. j [jɔt]

古代ローマではIは[i]音と[j]音をもっていた。後者は[j]>[dj]>[dʒ]となりノルマン征服後に英語に輸入された。[dʒeɪ]の[eɪ]は隣のKに影響されたものらしい。ドイツ名はセム名yōdからとられた。*15

R
  • engl. r [ɑː],[ɑɹ]
  • nhd. r [ʔɛr]

英語は[er]>[ar]>[ær]>[æːr]>[ɑː]の変化を辿った。*16

U
  • engl. u [juː]
  • nhd. u [ʔuː]

〈イギリス名uは、古くは[u(ː)]と発音されたが、後にフランス語の影響をうけて今日は[juː]と発音される。〉*17 Qも同様の音変化を受けている。

V
  • engl. v [viː]
  • nhd. v [faʊ̯]

古代ローマではVは[u]音と[w]音を持っていた。後者は[w]>[v]となりノルマン征服後に英語に輸入された。現代イギリス名veあるいはvee [viː]は、b, c, d, g, p, t のラテン名の類推による近代的(17世紀)形成である。ドイツ名 vau [fau] (ドイツ語では v は13世紀ころ f と同一音になった)はこの文字のセム名 wāu(あるいは vāu)に立ち返る(16世紀)。*18なんだか経緯がJと似ている。

W
  • engl. w [ˈdʌbl̩.juː]
  • nhd. w [veː]

英語では[w]音は現在まで保存されているが、ラテン語では7世紀以前に[w]>[v]の音変化を蒙っており、英語にローマのアルファベットが輸入されたときには[w]音の記号がなかった。そのため、[w]音をあらわすため7世紀に二重字< uu>が発明され、これが大陸に渡りリガチャの< w>になった。英語ではこの文字がノルマン征服後に逆輸入されて使われるようになり、ドイツ語ではこの文字が[w]音をあらわすようになってから[w]>[v]の音変化があったため音価に合わせて[veː]と呼ばれる。*19

X
  • engl. x [ɛks]
  • nhd. x [ʔɪks]

〈Xのラテン名は、一時はexであったようであるが、後にixに変わった。この文字が、ギリシア名Χει, Χιのように xe, xiと名づけられなかったのは、多分ローマ人は(イギリス人と同様に)語頭においてxを発音することを困難としたためであろう。…[略]…現代イギリス名xは、esなどにならって、ixの代わりにexと発音される。〉*20

Y
  • engl. y [waɪ]
  • nhd. y [ˈʔʏpsilɔn]

〈Yはギリシアではupsilonと呼ばれた。upsilonとは`simple u'という意味で、同一音を表すようになったοι―υ δὶα δίφθογγου (=u by means of diphthong)―から区別するために付けられた名のようである…[略]…ドイツ語およびイタリア名ipsilonなどはそのギリシア起源の事実を今も留めている。…[略]…Yは、ラテン語および古代フランス語では、その音価に従って表音的にy (=[ü]) と呼ばれた。イギリス名はこのüに由来し、üがūi>uī>wī>[wai]となったといわれる…[略]…あるいは、Yの形はおそらくIの上にVをのせて`V (=u)+I'を表すものと考えられ、従ってその名はuī>wī>[wai]と呼ばれた(O. Jaspersen)ともいわれる。 〉*21

Z
  • engl. z [zɛd],[ziː]
  • nhd. z [tsɛt]

Zはラテン・アルファベットから一旦消失した後再輸入された。そのため、他の文字と同様に表音的に[ez]とは呼ばれずにギリシア名をそのままうけついでzetaと呼ばれていた。アメリカ名[ziː]はb, c, dなどの類推による。*22

*1:H. ブラッドリ『英語発達小史』寺澤芳雄訳 岩波文庫 1982, S. 15.

*2:英語の方が多くの変化を受けている関係上、結果的にドイツ語というより英語入門になってしまったがあまり気にしないことにする。

*3:言語を系統という考え方のみで論ずることのあやうさについては
R. M. W. ディクソン『言語の興亡』大角翠訳 岩波新書 2001.

*4:田中美輝夫『英語アルファベット発達史』開文社叢書 1970, S. 83f.

*5:Ebenda, S.78f

*6:宇賀治正朋『英語史』開拓社 2000, S. 147.

*7:神山孝夫『日欧比較音声学入門』鳳書房 1995, S. 34.

*8:englisch(英語の)。略号は、須澤通ほか『ドイツ語史――社会・文化・メディアを背景として』郁文堂 2009 に倣った。

*9:neuhochdeutsch(新高ドイツ語の)。〈今日一般的には、1950年から現在に至るドイツ語を、「新高ドイツ語」として大きくひとつの時代にまとめる見解が広い支持を得ている。〉(Ebenda, S. 200.)

*10:小林標『ロマンスという言語』大阪公立大学共同出版会 2019, S. 199.
なお、イタリア語とルーマニア語は[tʃ]のままで変化せず、スペイン語は[tʃ]>[θ]と変化した。

*11:中島文雄『英語発達史 改訂版』岩波全書 1987, S. 64

*12:田中 a. a. O., S. 120.

*13:小林 a. a. O., S. 200.

*14:田中 a. a. O., S. 135f.

*15:Ebenda, S. 141.

*16:Ebenda, S. 157f.

*17:Ebenda, S. 204.

*18:Ebenda, S. 160ff.

*19:Ebenda, S. 171f.

*20:Ebenda, S. 178.

*21:Ebenda, S. 183f.

*22:Ebenda, S. 188.