shaitan's blog

長文書きたいときに使う.

ドイツ語入門(アルファベット②)

Umlaut

手元の学習書には〈a, o, uの3文字の上にローマ字にはない「点が2つ」ついた場合、Umlaut(変母音)といいます。「a-Umlaut」は「aの上に点が2つつく」ことを意味します。このUmlautがついていると、a, o, uとは全く違う音価になるので注意してください〉*1とある。ウムラウトという言葉は、この記述のように特定の母音やダイアクリティカルマーク*2を指して使われたりもするが、〈ウムラウトとは本来、ä, ü, öの特殊文字ではなく、音韻変化のプロセスをさす。〉*3しかも、〈変母音化には「i-ウムラウト」(i-Umlaut)、「a-ウムラウト」(a-Umlaut)、「u-ウムラウト」(u-Umulat)の区別がある〉*4というのだから紛らわしい。これらのうち、文字ä, ü, öに直接関係するのはi-ウムラウトと呼ばれる音韻変化である。
i-ウムラウトは次の音節のiやjの影響で先行する語幹音節の母音がi音に近づく現象であり、ドイツ語に限らず、ゴート語を除く*5すべてのゲルマン語に見られる。ドイツ語においては、8世紀半ばに短母音a>eの変音の表記が現れる(第一次ウムラウト)が、他の母音のウムラウトが文字として表されるようになる(第二次ウムラウト)のは11世紀である。初期ドイツ語では、それぞれの母音の音素が次音節のi, jの有無により、変母音-非変母音の選択可能な二つの異音を持つことができたのに対して、中世のドイツ語では、次音節i-音の弱化もしくは消失により、ひとつの音素が対立関係にある二つの異音を持ち合わせることが困難になったことで、異音の対立関係は異音から独立した音素としてあらわされるようになった。*6
以上のように、変母音は本来は音韻的な現象であるが、次音節にiやjがない語幹においても変母音が広まった。これは変母音が形態素化(音韻上の現象が形態規則に組み込まれること)された結果、名詞の「複数」を表示する機能を獲得したためである。*7これを「類推的ウムラウト」という。現代ドイツ語でウムラウトは、名詞の複数表示以外にも様々な文法機能を表示する形態的指標となっている(動詞の接続法、形容詞の比較、造語など)。*8

Eszett

〈文字ßは、歴史的にsとzがくっついてできた字なので名称(呼び名)は[ɛs tsɛt]といいますが、音価はssと同じ[s]で、辞書を引く時もssの場所に載っています。…[略]…また、ßは小文字しかないので、大文字で書く場合もssで代用します。〉*9
SSに加え、大文字ẞ (U+1E9E)の使用もできるように正書法が改訂されている。*10

*1:滝田佳奈子『本気で学ぶドイツ語』ベレ出版 2010, S. 15.

*2:この二つの点はもともとeを小さく書いていたものが起源、というのをどこかで読んだ気がする。

*3:清水誠『ゲルマン語入門』三省堂 2012, S. 68f.

*4:荻野蔵平、齋藤治之『歴史言語学とドイツ語史』同学社 2015, S. 35.

*5:〈ゴート語にはウムラウトがほとんど見られない。通説では、ウムラウトが起こる以前に話者が故地を離れたためとされている。〉(清水 a. a. O., S. 74.)

*6:須澤通、井出万秀『ドイツ語史』郁文堂 2009, S. 69ff.

*7:荻野ほか a. a. O., S. 81.

*8:Ebenda., S. 422.

*9:滝田 a. a. O., S. 15.

*10:Aktualisierte Fassung des amtlichen Regelwerks entsprechend den Empfehlungen des Rats für deutsche Rechtschreibung 2016, § 25 E3. https://grammis.ids-mannheim.de/rechtschreibung/6180#par25E3