国家
国家が成立する。これによって人類は文明の段階に到達し、
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「世界史においては、国家を形成した民族しか問題にならない。」*1とまではさすがに思わないにしても、実際に歴史を学ぼうとするとどうしても大国を中心に見てしまいがち。
ある教科書に良い文章があったので長いが引用する。「いち早く文明を実現し、帝国など強力な国家を形成して周囲の人々に大きな影響を与えた地域や国家の動きを知ることは、世界史理解の基軸である。しかし、地球上には、帝国の影響を受けながらも独自の地域世界を作り上げたところも多い。また、帝国や中枢地域から離れたところで、独自の文化をつくりあげた人々がいた。…[略]…歴史のなかの無限に存在する事象の何に注目し、重要と見るか、その選択は現代人の判断による。はるか遠い古代世界の姿もまた、今を生きる人々の観点からたえずつくり直されていくのである。」*2
まさに、「歴史とは…[略]…現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。」*3
文字
文字…[略]…によって人類は政治や商業などの過去の記録を参照して将来の行動に備えることができるようになり、また複雑で抽象的な思考もできるようになった。文字の発明により人類社会は明確にそれまでとは違う発展へと歩み出すことになり、ここから人類史は歴史時代 historic age にはいっていった。
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これはレヴィ=ストロースの言葉を借りれば「文字をもつ人々…[略]…は、先人が獲得したものを累積してゆくことができ、自分に割り当てた目標に向かって次第に速さを増しながら進歩できる」*4ということであろう。しかし、レヴィ=ストロースは文字無しに達成された新石器革命や、文字がありながら停滞していた近代以前の西洋文明を例に挙げてこれを否定し、「文字の出現に忠実に付随していると思われる唯一の現象は、都市と帝国の形成[であり、]…[略]…文字は、人間に光明をもたらす前に、人間の搾取に便宜を与えたように見える」*5とする。これに対し、長期間にわたり広域支配を保った文字をもたぬ諸帝国の例や文字をもちながら短命に終わった諸国の例を挙げ、政治構造や経済構造を検討せずに安易に文字の有無のみに結び付けて理解するのは単純すぎるという川田の指摘*6は的を射ているように思える。だとすれば単純に文字と結びつけられるものは何もないということになる。
カー曰く「歴史がいろいろの時代に区分されるというのは、事実ではなくて、必要な仮説、あるいは、思想の道具であって、それが光を与える限りにおいて有効なもので、その有効性は解釈の如何による。」*7と。