shaitan's blog

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序章-2【農耕・牧畜の開始】

農耕・牧畜の起源

人類は世界各地でそれぞれ独自に植物栽培による食糧生産を始めるようになる。なかでも重要だったのは、約9000年前の西アジアのいわゆる「肥沃な三日月地帯」で、麦の栽培と山羊・羊・豚・牛などの飼育が始まったことであった。

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図1は農耕起源地と年代をまとめた地図である。いくつかある起源地の中で西アジアが重要視されるのは「世界のどこよりも古く農耕が始まっているために、他からの影響を受けたのではなくそこで独自に農耕が始まったことが明らか[で、]…[略]…西アジアで開発された動植物が現代にまで大きな影響を与えている」*1からとのことである。

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図1:農耕の起源地と年代。G. Larson et al. (2014)*2より
[2022.1.2追記]
西アジアの麦の栽培は先土器新石器文化Aの中期から後期(BCE 8000-7500頃)にレヴァント回廊一帯で始まった。ムギ作農耕の初期の形態は、扇状地や沼沢・湖などの岸辺を舞台とした、いわば小規模園耕とでもいうべき形態であった。*3 山羊・羊の家畜化は先土器新石器文化Bの中期から後期(BCE 7000-6500頃)に開始されたと考えられている。*4 豚と牛の家畜化は山羊や羊よりもやや遅れ、先土器新石器文化Bの末あるいは土器新石器文化の初頭に進行したといわれている。*5

イヌとネコの家畜化

「オオカミは農業革命以前に家畜化された唯一の種である。」*6家畜化の時期や起源地について決定的なことは分かっていない*7が、12000年前のナトゥーフ文化の遺跡でイヌとヒトが一緒に埋葬されている*8など古くからヒトと親密な関係にあったという証拠がある。ただ、「ペットとして可愛がられる一方で、それと同じくらい食料として食べられてもいた。」*9
また、ネコは約一万年前に「肥沃な三日月地帯」で家畜化された*10と考えられている。貯蔵した穀物を狙うハツカネズミを食料源としてヤマネコが人間の居住地に近づいたらしい*11

栽培化

中国やインドから東南アジアにかけては米・アワ・タロイモ・バナナ・サゴヤシなどが栽培化され

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他は「麦の栽培」や「有用な作物が栽培され」のように「栽培」となっているが、ここだけ「栽培化」となっている。 栽培化とは「栽培という人間の行為や人間の都合に合う形で生じる遺伝的な変化」*12のことである。米の場合、脱粒性(成熟した種子が落ちる性質)や休眠性(落ちた種子がすぐに発芽しない性質)を失うといった変化などがあった*13
麦の場合も同様に脱落性(穂が熟したときに小穂がバラバラに散る性質)を失うが、遺跡の年代ごとに出土した小麦の小穂に占める非脱落性(=栽培型)の割合の変化を調べると、栽培型が多数を占めるまでに数千年単位の時間がかかっていることが報告されている(図2)*14

図2 麦の栽培化
図2:A-E アインコルンコムギの野生型の穂(A)および小穂(B)とその拡大図(C)。同じく栽培型の穂(D)と小穂の拡大図(E)。野生型は自然に脱落するため離層はなめらかであるが、栽培型では人為的に脱穀するため傷痕が残る。F 遺跡別の小麦の小穂に占める非脱落性の割合のグラフ。グラフ中の数字は小穂の実数。年代は補正前の14C年代。Tanno and Willcox (2006) *15より。図を一部改変。

環境改変

このように人類が積極的に自然環境を改変し、食料を自らの手で生産する生活を営むようになると

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と農耕・牧畜の開始が書かれているのだが、実は狩猟採集民も「積極的に自然環境を改変し」ていたと考えられている。現代でも例えば「[1970年代以降の調査で]ニューギニア島の中央南部で…[略]…人びとは乾季になると自らがつくりだしたサバンナに火を放ち、狩猟対象の野生動物が生息する環境を維持して」*16いる。アボリジニも同様のことを行っていたことが報告されている*17

定住

食料生産の必要から人類は移動をやめて定住し

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とあるが、少なくとも西アジアでは1万4,500年前頃以降の温暖化による豊かな環境が狩猟採集民の定住化を促した*18と考えられている。

新石器化

この時代には農耕・牧畜と定住が始まり…[略]…これら一連の変革を新石器革命 Neolithic Revolution とよぶこともある。

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ただし、前述の通り栽培化に長い時間がかかっていることが報告されているように、「現在では、この変化はゆっくりと進行し、時期や地域によって不規則なものだったことが明らかにされている。また、そのメカニズムは複雑で、多くの要因が関連しあっていたことも判明している。」*19こともあり、「最近では『革命』という言葉をつかわずに、『新石器化』などとよばれることもあ」*20る。

*1:常木晃「西アジア型農耕社会の誕生」アジア考古学四学会編『アジアの考古学3 農耕の起源と拡散』高志書院 2017, p. 137

*2:G. Larson et al., "Present and future of domestication studies" Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 111, 6139-6146 (2014) https://doi.org/10.1073/pnas.1323964111

*3:藤井純夫『ムギとヒツジの考古学』同成社 2001, pp. 93, 102.

*4:谷泰『牧夫の誕生』岩波書店 2010, p. 49.

*5:藤井 op. cit., p. 174

*6:R. C. フランシス『家畜化という進化』西尾香苗訳 白揚社 2019, p. 41

*7:G. Larson et al., "Rethinking dog domestication by integrating genetics, archeology, and biogeography" Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 109, 8878-8883 (2012). https://doi.org/10.1073/pnas.1203005109

*8:S. Davis and F. Valla, "Evidence for domestication of the dog 12,000 years ago in the Natufian of Israel." Nature 276, 608–610 (1978). https://doi.org/10.1038/276608a0

*9:フランシス op. cit., p. 46

*10:C. A. Driscoll et al., "The Near Eastern Origin of Cat Domestication" Science 317, 519-523 (2007). https://doi.org/10.1126/science.1139518

*11:フランシス op. cit., pp. 85f

*12:佐藤洋一郎『イネの歴史』京都大学学術出版会 2008, p. 75

*13:Ibid., pp. 74f

*14:丹野研一「西アジア先史時代の植物利用 デデリエ遺跡、セクル・アル・アヘイマル遺跡、コサック・シャマリ遺跡を例に」西秋良宏『遺丘と女神 ―メソポタミア原始農村の黎明』東京大学総合研究博物館 2007, pp. 68f

*15:K. Tanno and G. Willcox, "How Fast Was Wild Wheat Domesticated?", Science 311 (2006), 1886. https://doi.org/10.1126/science.1124635

*16:大塚柳太郎 『ヒトはこうして増えてきた――20万年の人口変遷史』新潮社 2015, p. 78.

*17:R. Jones, "Fire-Stick Farming." fire ecol. 8 (2012), 3–8. https://doi.org/10.1007/BF03400623

*18:西秋良宏「気候温暖化と定住」西秋編 op. cit., p. 60

*19:マルジャン・マシュクールほか、有松唯訳「西アジアにおける動物の家畜化とその発展」 ibid., p. 80

*20:大塚 op. cit., p.90